Q84 海外における主な個人データ保護関係法令
海外における主な個人データ保護関係法令としてどのようなものがあるか。その際に日本企業が留意すべき個人データのセキュリティに関するポイントとしてどのようなものがあげられるか。
タグ:欧州一般データ保護規則、GDPR、データ侵害通知、データ保護オフィサー(DPO)、データ保護影響評価(DPIA)、CCPA、CRPA、データ侵害通知法、SHIELD Act、データ安全法、ネットワーク安全法、中国民法典
1.概要
まず、欧州においては、欧州一般データ保護規則(GDPR)に注意が必要である。日本企業であっても、個人データの取扱い実態によっては、GDPRの適用を受け得る。このため、適用範囲(第2条、第3条)を精査し、同法の要請に応じた措置を講ずる必要がある。このとき、安全管理に関連して、詳細な規制があることに注意を要する。
次に、米国においては、連邦法レベルでは包括的な個人データ保護に関する法律は制定されていないものの、分野ごとに個別に法律が存在する。州法では、複数の州において、包括的な法律が存在しており、例えば、カリフォルニア州では、カリフォルニア州消費者プライバシー法(the California Consumer Privacy Act。以下「CCPA」という。)及びその改正法であるカリフォルニア州プライバシー権法(the California Privacy Rights Act。以下「CPRA」という。)が存在するとともに、各州において侵害通知法が制定されている。
そして、中国においては、個人情報保護規制として、「個人情報保護法」(原文「个人信息保护法」、以下「中国個人情報保護法」という)、「ネットワーク安全法(サイバーセキュリティ法)」(原文「网络安全法」)、「データ安全法」(原文「数据安全法」)のデータ三法、「民法典」(以下「中国民法典」という)、「刑法」、「輸出管理規制法」(原文「出口管制法」)、「消費者権益保護法」等が存在する。また、現在も意見募集稿段階の法令や、改正や制定について議論段階の法令も多数存在する。様々な法令・ガイドラインにまたがって個人情報の保護がなされており、改正・制定も順次なされている。
2.解説
2-1.欧州
(1)はじめに
欧州一般データ保護規則(General Data Protection Regulation。以下「GDPR」という。)は、個人データの取扱いと関連する自然人の保護に関する規定及び個人データの自由な移動に関する規定を定めるものである(GDPR第1条第1項)。個情法等、わが国の個人情報保護法制に相当するものということができる。
以下の通り、日本企業であってもGDPRの適用を受けることがあるため、日本企業のグローバル展開と、グローバル・コンプライアンス体制の構築に伴い、GDPRを課題とする企業は少なくないと考えられる。そこで、本項においては、GDPRの適用範囲、そしてセキュリティ対策に関連する主な規定について概要を紹介する。
(2)適用範囲
GDPRは、個人データの取扱いがEU1域内で行われるものであるか否かを問わず、EU域内の管理者又は処理者の拠点における活動の過程における個人データの取扱いに2ついて適用される(GDPR第3条第1項)。また、EU域内に拠点が認められない場合であっても①有償無償を問わず、EU域内のデータ主体に対する物品又はサービスの提供、又は②EU域内におけるデータ主体の行動の監視を行う場合には、GDPRの適用があるとされる(同条2項)。
このため、日本企業であっても、EU域内で安定的な仕組みを通じて行われる実効的かつ現実的な活動(GDPR前文第22項。「拠点」の意義をこのように説明する)を行っている場合であって、この活動の過程でなされる個人データの取扱いについては、GDPRの適用を受ける。また、EU域内にそのような拠点がないとしても、①又は②に該当すればGDPRの適用を受け、一定の場合を除き、EU域内における代理人を指名しなければならない(GDPR第27条第1項)。
(3)安全管理に関する主な規定
GDPR第5条は、個人データの取扱いと関連する基本原則を定めている。この中では、「無権限による取扱い若しくは違法な取扱いに対して、並びに、偶発的な喪失、破壊又は損壊に対して、適切な技術上又は組織上の措置を用いて行われる保護を含め、個人データの適切な安全性を確保する態様により、取扱われる。(「完全性及び機密性」)」(同条第1項(f)号)と定められている。これを受けて、様々な義務が設けられているところ、適切な技術上・組織上の措置を明示するものとしては、次のアのほか、管理者の責任(同第24条)、データ保護バイデザイン及びデータ保護バイデフォルト(同第25条)、処理者(同第28条)、データ主体に対する個人データ侵害の連絡(同第34条)がある。その他、完全性・機密性に関連すると考えられる規定を含め、主なものの概要を紹介する。
ア 適切な技術的・組織的措置の実施
GDPR第32条第1項は「最新技術、実装費用、取扱いの性質、範囲、過程及び目的並びに自然人の権利及び自由に対する様々な蓋然性と深刻度のリスクを考慮に入れた上で、管理者及び処理者は、リスクに適切に対応する一定のレベルの安全性を確保するために、特に、以下のものを含め、適切な技術上及び組織上の措置をしかるべく実装する。」として安全管理措置の実施を求める。注意喚起しつつ例示列挙された「以下のもの」とは、①個人データの仮名化又は暗号化、②取扱システム及び取扱サービスの現在の機密性、完全性、可用性及び回復性を確保する能力、③物的又は技術的なインシデントが発生した際、適時な態様で、個人データの可用性及びそれに対するアクセスを復旧する能力、④取扱いの安全性を確保するための技術上及び組織上の措置の有効性の定期的なテスト、評価及び評定のための手順である。
各企業が実際にこれへの対応を実施するに際しては、実態に即することが求められるところ、データマッピングの結果に基づくことが肝要である。また、フランスのデータ保護機関である情報処理及び自由に関する国家委員会(CNIL3 )が公表する「THE CNIL’S GUIDES-2018 EDITION SECURITY OF PERSONAL DATA」や、欧州ネットワーク・情報セキュリティ機関(ENISA4)が公表する「Handbook on Security of Personal Data Processing」が参考となる。
イ 個人データ侵害への対応
「個人データ侵害が発生した場合、管理者は、その個人データ侵害が自然人の権利及び自由に対するリスクを発生させるおそれがない場合を除き、不当な遅滞なく、かつ、それが実施可能なときは、その侵害に気づいた時から遅くとも72時間以内に、第55条に従って所轄監督機関に対し、その個人データ侵害を通知しなければならない。」とし、また、「処理者は、個人データ侵害に気づいた後、不当な遅滞なく、管理者に対して通知しなければならない。」とされている(GDPR第33条)。特に、処理者に個人データの取扱いを委託している場合、処理者から適切な情報共有がなされるようにすることが求められることに注意が必要である。
所轄監督機関への通知およびデータ主体への連絡については、2021年1月に公表されたデータ侵害時の通知に関するガイドラインが、具体的な事例を挙げてその要否の判断基準や72時間の時間制限の開始時点等に関する検討を行っており、また、これを補完するものとして「データ侵害通知の例に関するガイドライン」も策定・公表されており参考になる。
ウ DPOの選任等
(ア)データ保護オフィサー(DPO)の選任
管理者及び処理者は、一定の場合にデータ保護オフィサー(DPO5)を選任しなければならない(GDPR第37条)。一定の場合とは、①公的機関又は公的組織によって個人データの取扱いが行われる場合、②管理者又は処理者の中心的業務が、その取扱いの性質、範囲及び又は目的のゆえに、データ主体の定期的かつ系統的な監視を大規模に要する取扱業務によって構成される場合、③管理者又は処理者の中心的業務が、第9条による特別な種類のデータ及び第10条で定める有罪判決及び犯罪行為と関連する個人データの大規模な取扱いによって構成される場合をいう6。
企業にとって問題となる要件は②又は③であるところ「データ保護オフィサー(DPO)に関するガイドライン」では、具体例を含めた検討がなされている。例えば、大規模であるか否かについては、データ主体の数、個人データの量・種類、処理の期間・永続性、処理の地理的範囲を考慮して総合判断するとされ、定期的であるか否かは、現在継続し又は一定期間内に一定の間隔で発生するか、定期的に繰り返されるか、常時又は周期的に発生するか否かいずれかに該当するかによって判断するとされる。
DPOは、必ずしもEU域内において選任する必要はなく、日本国内で自社の従業員や外部の専門家を選任することも差し支えない。また、企業グループは、DPOが各拠点から容易にアクセス可能な場合に限り、1名のDPOを選任することができる(GDPR第37条第2項)。企業ごとに監査の方法も異なることなどコンプライアンスの体制もそれぞれであるところ、選任に際してGDPRに係る専門的、実務的な知見の有無を判断するとともに、企業内部等関係主体との意思疎通が容易であるか等の要素から、機能する体制を構築することが望ましい。
(イ)DPOの業務
DPOは、少なくとも①管理者又は処理者及び取扱いを行う従業者に対し、本規則及びそれ以外のEU若しくは加盟国のデータ保護条項による義務を通知し、かつ、助言すること、②取扱業務に関与する職員の責任の割当て、意識向上及び訓練、並びに、関連する監査を含め、本規則の遵守、それ以外のEU又は加盟国の個人データ保護条項遵守、並びに、個人データ保護と関連する管理者又は処理者の保護方針の遵守を監視すること、③要請があった場合、第35条によるデータ保護影響評価に関して助言を提供し、その遂行を監視すること、④監督機関と協力すること、⑤取扱いと関連する問題に関し、監督機関の連絡先として行動すること(第36条に規定する事前協議、適切な場合、それ以外の関連事項について協議することを含む。)をその職務として行わなければならない。なお、DPOに関しては、GDPR第38条第3項において、管理者及び処理者は、DPOが、上記職務の遂行に関し、いかなる指示も受けないように確実を期すことが義務付けられているということにも留意が必要である。
エ データ保護影響評価(DPIA)の実施
取扱いの性質、範囲、過程及び目的を考慮に入れた上で、特に新たな技術を用いるような種類の取扱いが、自然人の権利及び自由に対する高いリスクを発生させるおそれがある場合、管理者は、その取扱いの開始前に、予定している取扱業務の個人データの保護に対する影響についての評価を行わなければならないとされる(GDPR第35条1項)。この評価をデータ保護影響評価(DPIA7)という。
高いリスクを発生させる恐れがあり(「データ保護影響評価(DPIA)及び取扱いが2016/679規則の適用上、『高いリスクをもたらすことが予想される』か否かの判断に関するガイドライン」8III. B. a)に掲げられる9つの基準)、かつ適用除外事由に(同ガイドラインIII. B. b)に掲げられる5つの類型)に該当しない場合はDPIAの実施をしなければならず、実施によって高いリスクがあることが示され、リスク軽減措置を講ずることができない場合、データ保護監督機関との事前協議を要する(GDPR第36条1項)。
(4)事例
2019年に入って、安全管理措置を問題とした事例であって、巨額の制裁金を課すことを検討するケースが見られるようになった。英国9のデータ保護機関である英国情報コミッショナーズオフィス(ICO10)に関して、以下の2件が事例として挙げられる。
2-2.米国
(1)連邦法と州法の関係等
米国では、連邦政府及び州政府それぞれに立法権が認められている。そして、連邦政府が制定した連邦法は、全ての州に適用され、また、州法に優先する(米国合衆国憲法第6章第2項)。サイバーセキュリティについては、連邦法及び州法のいずれのレベルにおいても、包括的な法律は制定されていなかったが、2022年3月、重要インフラのサイバーインシデントについてCISA(サイバーセキュリティ及びインフラストラクチャーセキュリティ庁(the Cybersecurity and Infrastracure Security Agency))への報告を義務付ける法律が制定される13といった動きがあるところである。
データ保護については、連邦レベルでは、CCPAの制定以降包括的な連邦データ保護法制定の機運は高まっているものの、現在のところ、データ保護に関する包括的な法律は制定されていない。一方で、州法レベルでは、カリフォルニア州等、包括的な個人情報保護法が制定している州が複数存在する。
なお、連邦レベルにおいても、銀行等の金融機関に適用されるグラム・リーチ・ブライリー法(Gramm-Leach-Bliley Act)(以下「GLBA」という。)や医療関係についての医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(Health Insurance Portability and Accountability Act)(以下「HIPAA」という。)等、分野ごとに個別のデータ保護に関する連邦法が存在する。
(2)データ保護に関する州法
ア CCPA及びCRPA
CCPAは、2018年6月28日に制定されたカリフォルニア州における包括的な個人情報保護法であり、同州の自然人である住民(消費者)の個人情報を保護することを目的とするものであり、2020年1月1日から施行されている。日本企業でカリフォルニア州に拠点を有しない場合であっても、カリフォルニア州において事業を行っており14、総売上が2,500万ドル以上であるなど、その他の要件を満たす場合には、CCPAが適用される。CCPAに違反した場合、州司法長官より違反行為の差止め又は制裁金(最大2,500ドル(故意の違反については最大7,500ドル))を求めた提訴(CCPA 1798.155(b))を受ける可能性がある。さらに、合理的セキュリティ措置を取る義務の違反により、暗号化されていない、特定の情報が流出等した場合には、消費者には1件あたり100ドル以上750ドル以下の法定損害賠償又は実損額のいずれか大きいほうの金額について私人提訴権(クラスアクションも可能)(1798.150(a)(1))が認められており、実際にクラスアクションが提起されている事例も存在する(例:Benjamin Karter v. Epiq Systems, Inc.)
また、カリフォルニア州においては、2020年11月3日にCCPAの改正法であるCRPAが制定され、その大部分の規定は、2023年1月1日から施行される予定である。CRPAにおいては、違反した場合の制裁金の上限が、故意の有無にかかわらず、16歳未満であると認識している個人情報の違反又は未成年の個人情報の違反を伴う場合には7,500ドルへと増額されている。また、私人提訴権の対象となる情報が、CCPAにおいては、氏名等を含む一定の個人情報に限られていたが、CRPAにおいては、新たにEメールアドレスと組み合わされた、アカウントへのアクセスを可能とするパスワード又はセキュリティ質問及びその回答の情報も対象として追加されている。
イ データ侵害通知法及びSHIELD Act
データ侵害通知法は、個人情報の漏えいが発生した場合に、事業者に対し、漏えいの対象となった個人に対して漏えいの通知を義務付けるとともに、一定の場合に州当局への報告も義務付けるものであり、米国の各州において制定されている。
例えば、カリフォルニア州のデータ侵害通知法(Cal. Civ. 1798.82)においては、事業者は、システムセキュリティの侵害が発生した場合には、個人情報が漏えい等の対象となったカリフォルニア州の住民に対する通知を行わなければならず(Cal. Civ. 1798.82(a))、さらに、500名以上のカリフォルニア州の住民に対し当該通知を行う場合には、州司法長官に対し住民に対する通知書のサンプルを提出しなければならない(Cal. Civ. 1798.82(f))。
2019年7月にニューヨーク州で制定されたハッキング禁止及び電子データセキュリティ改善に関する法律(Stop Hacks and Improve Electronic Data Security Act)(以下「SHIELD Act」という。)は、同州のデータ侵害通知法の個人情報の範囲を拡大する等の改正を定めている(N.Y. Gen. Bus. Law §899-aa 1 (b)(i)(ii))。さらに、SHIELD Actは、ニューヨーク州の住民の個人情報を含む電子化データを保有等している事業者等に対し、当該個人情報を保護するための合理的セキュリティ措置を取るよう求めている(N.Y. Gen. Bus. Law §899-bb 2 (a))。
(3)データ保護に関する連邦法
連邦レベルでは、現在のところ、データ保護に関する包括的な法律は制定されていないが分野ごとに個別の連邦法は存在する。例えば、HIPAAは、電子化された医療情報を扱う病院や医療保険会社等を対象とし、保護健康情報(protected health information)について、会社の規模、技術的インフラ、コスト及びリスクの大きさ等に応じて、合理的かつ適切なセキュリティ措置(管理的措置、物理的措置、技術的措置及び組織的措置)を取ることを求めている15。また、GLBAは、金融機関に対し、顧客の非公開個人情報(nonpublic personal information.)の保護について、特定の要素を含むセキュリティプログラムの実施を義務付けている16。
2-3.中国
(1)各法令の関係性
まず、2017年、ネットワーク空間管理の基本法といえるネットワーク安全法(「サイバーセキュリティ法」ということもある)が、2021年にはデータ安全法と中国個人情報保護法が施行され、これらの三法(以下「データ三法」ということがある)を主要法律として、横断的にネットワーク・データ(個人情報含む。)の保護が図られている。なお、現時点では、法律上は詳細まで定められていない定義や要件が含まれているが、現状、下位法令等の整備は遅れている。そのため、下位法令等で定められていない事項については、国家推奨標準である「情報安全技術個人情報安全規範」等の法的拘束力のない標準・ガイドライン等を参照する必要がある。また、2021年1月1日に施行された中国民法典においても、個人情報、プライバシー権が明記され、一定の義務等が規定されている。
ネットワーク安全法は、Q85で紹介するとおり、ネットワークの安全管理に関連する事項を全般的に規定したサイバーセキュリティの基本法となっている。中国国内においてインターネットを建設・運営・維持・使用する場合、及びインターネットの安全を監督管理する場合に適用されるため、中国以外に所在する企業であっても中国国内で事業を行う場合には適用される可能性がある。適用対象主体は「ネットワーク運営者」で、特に「重要情報インフラ運営者」に当たる場合は、個人情報・重要データの国内保存義務・国外移転規制が課されることとなる。ネットワーク安全法においても個人情報保護の関する規定が存在するが、原則的・概括的な規定に止まる。中国個人情報保護法の施行前は、ネットワーク安全法における個人情報保護に関する規定の重要性は高かったが、中国個人情報保護法の施行とともに、その規定の意義は薄れたといえる。
次に、データ安全法は、データセキュリティに関する責任主体、データセキュリティ保護義務等について規定した基本法となっている。中国国内における個人データに限られない「データ」17の「取扱行為」18に適用される。また、同法の域外適用についても規定されている(同法第2条第2項)。
そして、中国個人情報保護法は、GDPRに類似する内容を規定しており、包括的な個人情報の保護についての基本法となっている。個人情報を取り扱う個人情報取扱者の、中国国内における自然人の個人情報の取扱行為のみならず、中国国外における中国国内の自然人の個人情報の取扱行為についても、①国内の自然人に対する製品又は役務の提供を目的とする場合、②国内の自然人の行為を分析し、評価する場合、③法律、行政法規に定めるその他の事由のいずれかに該当する場合は適用対象となる(同法第3条第2項)。また、後述する機微な個人情報についても規定がなされている。
上記のとおり、データ三法は、保護法益・適用対象について、重複する部分はあるものの法目的などの大枠は異なっているといえる。
また、中国個人情報保護法における個人情報の定義19と、ネットワーク安全法及び中国民法典における個人情報の定義20は書きぶりは異なるものの、自然人の識別可能性を基準に個人情報の範囲を画するという点については同様と考えられる。
なお、今後も、後発の法令によって、適用対象、義務・規制が上乗せされることがありうるため、法令の制定の動向に注意が必要である。以上を踏まえ、以下では、主に中国個人情報保護法のうち、サイバーセキュリティにかかわる部分の概要を紹介する。
(2)機微な個人情報
上記のとおり、中国個人情報保護法では、機微な個人情報について規定がなされている。機微な個人情報とは、「一旦漏洩され、又は不法に使用されると、自然人の人格の尊厳が侵害を受け、又は人身、財産の安全が害されやすい個人情報であり、生体認証、宗教信仰、特定の身分、医療健康、金融口座、行動履歴等の情報や、14歳未満の未成年者の個人情報が含まれる」とされている(同法第28条第1項)。
機微な個人情報を取得する場合、同法で規定されている個人情報の取扱行為前の本人の同意に加え、別途の本人同意を取得する必要がある(同法第29条)。また、一般的な事前告知事項に加え、機微な個人情報の取扱いの必要性及び個人の権益への影響を告知しなければならない(同法第30条)。その他、機微な個人情報を取り扱う場合は、後述する個人情報影響評価を実施しなければならない(同法第55条)。
(3)安全管理に関する主な規定
中国個人情報保護法では、個人情報の安全管理に関わる個人情報取扱者の一般的な義務として、以下の①~⑥の措置義務が規定されている(同法第51条)。なお、ネットワーク安全法第42条第2項においても、個人情報の安全管理措置として、技術的管理措置等を実施しなければならない旨の規定がある21。
- 内部の管理制度及び操作規程の制定義務
- 個人情報に対する分類管理の実施義務
- 適切な暗号化、非識別化等の然るべき安全技術の措置義務
- 個人情報取扱の操作権限を合理的に確定し、かつ定期的に従業員に対して安全教育及び研修を実施する義務
- 個人情報の安全に関わる事象に対する緊急対応策の制定・実施義務
- 法律、行政法規に定めるその他義務
また、同法は、取り扱う個人情報が国のネットワーク情報部門の定める数量に達している個人情報取扱者に対して、個人情報保護責任者の指定を要求している(第52条)。「国のネットワーク情報部門の定める数量」の具体的な基準は定められていないが、ネットワーク安全審査弁法や、ネットワークデータ安全管理条例(意見募集稿)を参考にすると、100万人以上分の個人情報が目安となると考えられる
さらに、個人情報取扱者は、以下のいずれかに該当する場合、個人情報影響評価22を行わなければならない(同法第55条)。
- 機微な個人情報を取り扱う場合
- 個人情報を利用した自動化された意思決定を行う場合
- 個人情報の取扱の委託、その他の個人情報取扱者への個人情報の提供及び個人情報の公開を行う場合
- 個人情報の国外提供を行う場合
- その他個人の権益に重大な影響を与える個人情報取扱行為を行う場合
また、個人情報取扱者が、個人情報の取扱いについて委託する場合は、取扱委託の目的、期間、取扱方法、個人情報の種類、保護措置、双方の権利及び義務等について約定した上で、委託者は受託者を監督しなければならないと規定されているため、注意が必要である(同法第21条第1項)。
加えて、個人情報取扱者が、合併、分割、解散、破産宣告等の原因により個人情報を移転する必要がある場合、本人に受領者の名称又は氏名及び連絡先情報を告知しなければならないとされている点も注意が必要である(同法第22条)。
(4)個人情報の漏えい等
中国個人情報保護法の制定前は、個人情報漏えい等のインシデントが発生した又は発生する可能性が生じた際の義務については、ネットワーク安全法第42条第2項で、救済措置、本人への通知及び関係所管機関に対する報告について抽象的な義務が定められていたが、包括的な個人情報取扱者に関する具体的な法律上の義務はなかった23。
中国個人情報保護法では、個人情報漏えい等のインシデントが発生した又は発生する可能性が生じた際の、個人情報取扱者における、改善措置の実施、監督機関や本人に対する特定事項24の通知に関する義務が規定された(同法第57条第1項)。また、一定の場合、本人への通知が不要になる旨の抽象的規定も設けられた(同条第2項)25。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
-
個人データの取扱いと関連する自然人の保護に関する、及び、そのデータの自由な移転に関する、並びに、指令95/46/ECを廃止する欧州議会及び理事会の2016年4月27日の規則(EU)
2016/679 (一般データ保護規則)
前文の参考仮訳 https://www.ppc.go.jp/files/pdf/gdpr-preface-ja.pdf
条文の参考仮訳 https://www.ppc.go.jp/files/pdf/gdpr-provisions-ja.pdf -
GDPRの地理的適用範囲(第3条)に関するガイドライン
バージョン2.1の参考仮訳
https://www.ppc.go.jp/files/pdf/chiritekitekiyouhanni_guideline2.1.pdf -
データ保護オフィサー(DPO)に関するガイドラインの参考仮訳
https://www.ppc.go.jp/files/pdf/dpo_guideline.pdf -
データ保護影響評価(DPIA)及び取扱いが2016/679規則の適用上、「高いリスクをもたらすことが予想される」か否かの判断に関するガイドラインの参考仮訳
https://www.ppc.go.jp/files/pdf/dpia_guideline.pdf - Handbook on Security of Personal Data Processing https://www.enisa.europa.eu/publications/handbook-on-security-of-personal-data-processing
- THE CNIL’S GUIDES-2018 EDITION SECURITY OF PERSONAL DATA https://www.cnil.fr/sites/default/files/atoms/files/guide_security-personal-data_en.pdf
- 中国ネットワーク安全法
- 中国データ安全法
- 中国個人情報保護法
- 中国民法典
- 電気通信及びインターネット利用者の個人情報の保護に関する規定
- 情報安全技術個人情報安全規範
4.裁判例
特になし