Q76 不正プログラムと刑事罰
いわゆるコンピュータ・ウイルスによって企業活動を阻害する行為は、どのような場合に、刑法上、処罰の対象となり得るか。
タグ:刑法、不正指令電磁的記録に関する罪、電子計算機損壊等業務妨害罪、コンピュータ・ウイルス、不正プログラム、不正指令電磁的記録、マルウェア
1.概要
いわゆるコンピュータ・ウイルスなどの不正なプログラムによって企業活動を阻害する行為は、不正指令電磁的記録に関する罪、電子計算機損壊等業務妨害罪、電磁的記録毀棄罪等の構成要件に該当する場合には、これらの罪により処罰の対象となり得る。
2.解説
(1)企業活動を阻害する行為
企業活動を阻害する目的で、コンピュータ・ウイルス1などの不正なプログラムを作成したり、他人のコンピュータの実行の用に供したりする等の行為が、不正指令電磁的記録に関する罪(刑法168条の2、168条の3)の構成要件に該当する場合には、これらにより処罰され得る。また、他にも、企業活動が阻害されるおそれのある行為が、電子計算機損壊等業務妨害罪(同法234条の2)や電磁的記録毀棄罪(同法259条)等の罪の構成要件に該当する場合には、これらの罪により処罰され得る。
(2)不正指令電磁的記録に関する罪が新設された背景
電子計算機(典型的にはパーソナルコンピュータや携帯電話、スマートフォン等のことを指す。以下本項において「コンピュータ」という。)は、広く社会に普及、浸透し、人々の社会生活に欠かせない存在になってきており、重要な社会的機能を有している。このような社会生活に必要不可欠なコンピュータに対し、不正な指令を与えるプログラムが実行されれば、コンピュータによる情報処理のために実行すべきプログラムに対する信頼が損なわれ、ひいては、社会的基盤となっているコンピュータによる情報処理が円滑に機能しないこととなる。そこで、平成23年の刑法改正によって、正当な理由がないのに、他人のコンピュータにおける実行の用に供する目的で、他人がコンピュータを使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正なプログラム(不正指令電磁的記録)を作成、提供、供用、取得又は保管する行為を処罰できるようにするため、不正指令電磁的記録に関する罪が新設された。
このように、不正指令電磁的記録に関する罪の保護法益は、コンピュータのプログラムに対する社会一般の者の信頼という社会的法益であるとされている2。
(3)不正指令電磁的記録に関する罪
不正指令電磁的記録に関する罪(刑法168条の2、168条の3)は、コンピュータ・ウイルス等のコンピュータに不正な指令を与えるプログラムが、刑法第168条の2第1項各号に定める「不正指令電磁的記録」(以下本項において「不正プログラム」という。)に該当する場合に、正当な理由がないのに、他人のコンピュータにおける実行の用に供する目的で当該不正プログラムを作成又は提供する行為、他人のコンピュータにおいて当該不正プログラムを実行の用に供する行為3、他人のコンピュータにおける実行の用に供する目的で当該不正プログラムの取得又は保管する行為を処罰対象としている。
いわゆるコンピュータ・ウイルスには、他のプログラムに寄生して自己の複製を作成し感染する従来の形態のものに限らず、トロイの木馬4、ワーム5、スパイウェア6と呼ばれるものなど様々な種類のものがあるが、いずれについても、不正プログラムに該当すれば、刑法第168条の2又は第168条の3による処罰の対象となり得る。
刑法第168条の2第1項
1号 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
2号 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
不正プログラムの定義は、刑法第168条の2第1項第1号及び第2号に規定されている7。同項1号は、「意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる」(反意図性)べき「不正な指令を与える」(不正性)電磁的記録が不正プログラムに該当することを定めている。
反意図性は、コンピュータのプログラムに対する社会一般の信頼を害するものであるか否かという観点から規範的に判断され、不正性は、反意図性が認められるプログラムであっても、社会的に許容し得るものが例外的に含まれ得ることから、このようなプログラムを処罰対象から除外するために付された要件であるとされている8。
反意図性が否定される具体例として、例えば、市販されているソフトウェアについては、使用者が、そのプログラムの指令によってコンピュータが行う基本的な動作については認識している上、それ以外の詳細な機能についても、通常は使用説明書等によって認識し得るのであるから、仮に使用者がその機能を現実には認識していなくても、当該ソフトウェアには反意図性が認められないであろうとされている。
不正性が否定される具体例として、例えば、ソフトウェアの製作会社が不具合を修正するプログラムをユーザのコンピュータに無断でインストールした場合が挙げられるであろう9。
反意図性と不正性の要件については、近時、最高裁判所による判断が示されたところであり、この点については後記(4)で解説する。前記(2)のとおり、刑法上、不正プログラムを作成、提供、供用、取得又は保管する行為について処罰の対象とされているところ、本問においては、関係する不正指令電磁的記録作成罪、同提供罪及び同供用罪(いずれも刑法第168条の2)について解説する。
ア 不正指令電磁的記録作成罪及び同提供罪(刑法第168条の2第1項)
不正指令電磁的記録作成罪又は同提供罪が成立するためには、正当な理由がないのに他人のコンピュータにおける実行の用に供する目的で不正プログラムを作成又は提供することが必要であるところ、ここにいう「実行の用に供する目的」とは、不正プログラムを、コンピュータの使用者にはこれを実行しようとする意思がないのに実行され得る状態に置く目的のことをいい、不正プログラムを作成又は提供した時点でこの目的がなければ各罪は成立しない。
プログラムを作成した者がいる場合に、その者について不正指令電磁的記録作成罪が成立するか否かは、その者が人のコンピュータにおける「実行の用に供する目的」でこのプログラムを作成したか否か等によって判断するため、ある者が正当な目的で作成したプログラムが他人に悪用されて不正プログラムとして用いられたとしても、プログラムの作成者に不正指令電磁的記録作成罪は成立しない。
「正当な理由がないのに」とは、「違法に」という意味である。
例えば、専ら自己のコンピュータで、あるいは、他人の承諾を得てそのコンピュータで作動させるものとして不正プログラムの作成を行ったとしても、このような場合には他人のコンピュータにおいて実行の用に供する目的が欠けることとなるが、さらに、このような場合に不正指令電磁的記録に関する罪が成立しないことを一層明確にする趣旨で、「正当な理由がないのに」との要件が規定されたものである。
本罪の法定刑は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金である。
イ 不正指令電磁的記録供用罪(刑法第168条の2第2項)
不正指令電磁的記録供用罪が成立するためには、正当な理由がないのに不正プログラムを他人のコンピュータにおける実行の用に供することが必要である。例えば、不正プログラムの実行ファイルを電子メールに添付して送付し、そのファイルを、事情を知らず、かつ、そのようなファイルを実行する意思のない使用者のコンピュータ上でいつでも実行できる状態に置く行為や、不正プログラムの実行ファイルをウェブサイト上でダウンロード可能な状態に置き、事情を知らない第三者にそのファイルをダウンロードさせるなどして、そのようなファイルを実行する意思のない者のコンピュータ上でいつでも実行できる状態に置く行為等がこれに当たり得る10。
なお、不正指令電磁的記録供用罪において供用行為が処罰の対象となるプログラムは、他人のコンピュータにおける実行の用に供する目的で作成されたプログラムに限定されていないため、不正プログラム11の作成者が、当該不正プログラムの作成時にはこうした目的ではなかったとしても、正当な理由がないのに、当該不正プログラムを他人のコンピュータにおける実行の用に供した場合には、本罪が成立し得る。
本罪の法定刑は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金であり、未遂犯も処罰される(同条第3項)。
(4)近時の判例
不正指令電磁的記録に関する罪については、前記のとおり、最判令和4年1月20日において、最高裁判所が判断を示したところである12。
本件の事案は、ウェブサイトX(以下「X」という。)の運営者が、Xの閲覧者のコンピュータにおいて仮想通貨(暗号資産)の取引履歴の承認作業等を行わせてそれによる報酬を取得しようと考え、Xの閲覧者の同意を得ることなく、閲覧者のコンピュータを使用して前記承認作業等を行わせるプログラムコード(以下「本件プログラムコード」という。)を、サーバコンピュータ内のXに係るファイル内に蔵置して保管したというものである。
最高裁判所は、本件プログラムコードが不正プログラムに該当するかどうかを判断するに当たって、反意図性の要件について、「当該プログラムについて一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に肯定されるものと解するのが相当であり、一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、プログラムに付された名称、動作に関する説明の内容、想定される当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある」と判示した上で、本件プログラムコードについて、閲覧者から前記承認作業等について同意を得る仕様になっておらず、前記承認作業等に関する説明やこれが行われていることの表示もなかったことなどの事情を踏まえて、反意図性を認めた。
一方で、最高裁判所は、不正性の要件について、「電子計算機による情報処理に対する社会一般の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するという観点から、社会的に許容し得ないプログラムについて肯定されるものと解するのが相当であり、その判断に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、その動作が電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度、当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある」と判示した上で、本件プログラムコードについて、
- X閲覧中に閲覧者のコンピュータの消費電力が若干増加したり中央処理装置の処理速度が遅くなったりするものの、閲覧者がその変化に気付くほどのものではなかったこと
- 本件プログラムコードは、ウェブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みとして社会的に受容されている広告表示プログラムと比較しても、閲覧者の電子計算機に与える影響において有意な差異は認められず、事前の同意を得ることなく実行され、閲覧中に閲覧者の電子計算機を一定程度使用するという利用方法等も同様であって、これらの点は社会的に許容し得る範囲内といえるものであること
- 仮想通貨の承認手続を行わせるなどの本件プログラムコードの動作の内容は、仮想通貨の信頼性を確保するための仕組みであり、社会的に許容し得ないものとはいい難いこと
を踏まえて、不正性を認めなかった。
その上で、最高裁判所は、本件プログラムコードが不正プログラムに該当しないと結論付けたが、この判断は飽くまでも最高裁判所が判示した反意図性と不正性についての判断の枠組みを前提として、具体的な事実関係に即した事例判断であり、必ずしも同種の動作を行うプログラムコード一般について、その動作が電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度、当該プログラムの利用方法等のいかんを問わず不正プログラムに該当しないことまで述べたものではないことに留意する必要がある。
(5)その他
不正指令電磁的記録に関する罪以外にも、コンピュータ・ウイルスなどの不正なプログラムの使用等が、以下の各罪が定める構成要件を満たす場合には処罰の対象となり得るところである。
| 罪名 | 法定刑 |
|---|---|
| 私電磁的記録不正作出罪(刑法第161条の2第1項) | 5年以下の懲役又は50万円以下の罰金 |
| 公電磁的記録不正作出罪(刑法第161条の2第2項) | 10年以下の懲役又は100万円以下の罰金 |
| 不正作出電磁的記録供用罪(刑法第161条の2第3項) | 対象となる電磁的記録が私電磁的記録の場合には5年以下の懲役又は50万円以下の罰金、公電磁的記録の場合には10年以下の懲役又は100万円以下の罰金 |
| 電子計算機損壊等業務妨害罪(刑法第234条の2) | 5年以下の懲役又は100万円以下の罰金 |
| 電子計算機使用詐欺罪(刑法第246条の2) | 10年以下の懲役 |
| 私電磁的記録毀棄罪(刑法第259条) | 5年以下の懲役 |
| 公電磁的記録毀棄罪(刑法第258条) | 3月以上7年以下の懲役 |
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
- 刑法第161条の2、第168条の2、第168条の3、第234条の2、第246条の2、第258条、第259条
-
法務省ホームページ「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」
http://www.moj.go.jp/content/001267498.pdf - 大塚仁・河上和雄・中山善房・古田佑紀編『大コンメンタール刑法第三版第8巻』(青林書院、第三版、平成26年)
- 杉山徳明・吉田雅之「『情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律』について 上」法曹時報64巻4号
- 前田雅英ら編『条解刑法(第4版)』(弘文堂、2020)
4.裁判例
本文中に掲げたもの