関係法令Q&Aハンドブック

Q26 セキュリティ上必要となる雇用関係上の措置と誓約書の取得

企業は、従業員がサイバーセキュリティ上の事故を発生させる事態を未然に防止し、また、こうした事態が発生した場合に適切な対応をとるために、雇用関係上どのような措置を講じておくべきか。

タグ:労働基準法、労働組合法、労働契約法、民法、個情法、不正競争防止法、従業員、就業規則、誓約書、秘密保持義務、懲戒処分

1.概要

サイバーセキュリティの観点から遵守すべき事項について、明確な服務規律の定めを設けて周知徹底を図ることが望ましい。重要になるのが、就業規則上の規定の整備である。特に、企業が従業員に対して懲戒処分を行うに当たっては、あらかじめ就業規則上の懲戒の種別及び事由を定めておくことなどが必要となる。

また、従業員が在職中及び退職後に負う秘密保持義務を明確化することや、サイバーセキュリティに関する法令上の義務を履行するため、情報資産の守秘に関する誓約書を従業員から取得することも必要となる。誓約書の対象となる情報の範囲は具体的に特定するべきであり、誓約書の取得時期は、プロジェクトへの参加時など、具体的に企業秘密に接する時期がより適切であるといえる。

2.解説

(1)就業規則上の規定の整備

ア 考え方

企業が従業員との関係でサイバーセキュリティ体制を確立する上では、サイバーセキュリティをめぐる企業と従業員との関係を明確にしておくことが重要である。このような体制の構築は、労働法制に適合した形で行われる必要があるが、その際、特に就業規則を適切な形で作成することが重要になる。

イ 従業員との関係において構築すべきサイバーセキュリティ体制

企業がサイバーセキュリティを確保する観点から、従業員との関係において講じておくべき措置としては、まず、従業員が職務遂行に当たってサイバーセキュリティの観点から遵守すべき事項を、従業員の服務上の義務(服務規律)としてあらかじめ定めておくことが挙げられる。こうした事項の遵守は、個別の業務命令等によってもある程度対応は可能であるが、サイバーセキュリティ体制を確立するという観点からは、明確な服務規律の定めを設けて周知徹底を図ることが望ましい。

また、こうした服務上の義務の履行を確実なものとするためには、従業員が義務に違反し、サイバーセキュリティ上の問題を生じさせた(あるいはそのおそれがある)場合には事実関係を確認し、違反の事実が確認された場合には迅速に是正するとともに、必要に応じて従業員に対して懲戒処分等の制裁を課すことが可能な体制を整えておくことが重要である。こうした観点からも、事実関係の調査や懲戒処分との関係で、あらかじめ関連する規定を整備しておくことが必要になる。

以上のようなサイバーセキュリティ体制の構築に当たって、特に重要になるのが、就業規則上の規定の整備である。

ウ サイバーセキュリティとの関係での就業規則の意義及び運用上の留意点
(ア)就業規則の意義

適法に作成、運用される就業規則には、サイバーセキュリティの観点からは、次に挙げるような意義が認められる。

第1に、就業規則には、①その内容が合理的であることと、②従業員に対して周知させる手続が取られていることを要件として、当該就業規則の適用を受ける労働者の労働契約内容を定める効力が認められる(労働契約法第7条)。

なお、上記の2要件のうち②周知については、問題となる従業員(労働者)が所属する事業場において周知がなされている必要がある。また、この場面での周知は労働基準法第106条に基づく就業規則等の周知義務1と異なり、従業員が就業規則の内容を知り得る状態にあれば、その方法は問われないというのが通説的理解であるが、同条による周知義務が課せられている以上、企業としては同条所定の方法による周知を行うべきである。

したがって、企業がサイバーセキュリティの観点から、在職中の秘密保持義務など、従業員が遵守すべき事項を就業規則に定めてこれを従業員に周知させた場合、その内容がサイバーセキュリティ確保の手段として合理的なものである限り、これを遵守すべき従業員の義務の存在が認められ、従業員に遵守を求める使用者の対応は法的根拠を伴ったものとなる(ただし、秘密保持義務については、後記(2)も参照)。

第2に、判例2によれば、企業が従業員に対して懲戒処分を行うためには、就業規則上の懲戒の種別及び事由を定めておくことが必要である。したがって、サイバーセキュリティ上の問題を生じさせた従業員に対し、制裁として懲戒処分を課すに当たっては、あらかじめ就業規則上の根拠規定の整備が不可欠となる。ただし、実際に懲戒処分を行うに当たっては、就業規則所定の懲戒処分事由への該当性、懲戒権濫用の有無などが問題になる(Q31参照)。

さらに、サイバーセキュリティに関する規程は、①基本方針(ポリシー)、②対策基準(スタンダード)、③実施手順(プロシージャ―)の3階層構造で体系的に整備されることが一般的であるとされている3が、サイバーセキュリティに関する規程のうち、どの範囲を就業規則上遵守すべきものとするかについて、検討が必要となる。すなわち、サイバーセキュリティに関する規程は柔軟に変更していく必要性があるが、就業規則の対象とした場合には不利益変更などの問題(労働契約法第9条)が生じてしまうことからすると、上記③のうち従業員に対して遵守を求める事項のみを対象とするなど、対象範囲が適切となるような検討が必要である。

(イ)運用上の留意点

こうした就業規則規定の違反に対して現実に懲戒処分を行う場面としては、サイバーセキュリティ上のルール違反によりインシデントが発生した場合と、単にルール違反が生じている段階で処分を行う場合が考えられるが、このうち事前のインシデント予防策として懲戒処分を行う後者の場合、懲戒処分事由(ルール違反行為)の重大さの評価は、一般的にいえば具体的なインシデントが生じた場合に比して低いものとなる。

このため、適法・有効な懲戒処分を行うという観点(主として懲戒権濫用の成否が問題となる)からは、処分内容の選択や処分に至る過程において留意が必要となる。懲戒処分を課すことの可否や、どの程度重い処分までが許容されるかは、ルール違反がインシデントを惹起する蓋然性、想定されるインシデントの重大性、従業員の職種・地位(サイバーセキュリティに対して特に高い意識が求められるものかどうか)、平素におけるルールの周知・徹底のあり方、過去における同種事案への対応事例など、当該事案における様々な事情に左右される。実務上の指針となる公刊裁判例は必ずしも多くないが、基本的には、発見されたルール違反に対し、懲戒処分事由に該当する行為である点を指摘しつつ注意を与えて是正を促した上で、なお従業員の態度が改まらずに違反が繰り返される場合に、比較的軽い処分を行うことは許容され得るものと考えておくべきであろう。

(2)守秘に関する誓約書の取得

ア 誓約書を取得する意義
(ア)在職中、退職後の秘密保持義務の明確化

労働契約は、賃貸借契約等と同様に継続的性格を有することから労使双方の信頼関係が重視される。そのため、労使はともに相手方の利益を不当に侵害しないことが求められる(労働契約法第3条第4項、民法第1条第2項)。

このことから、従業員は、仮に労働契約において特別に定めがなくても、企業秘密を保持する義務を負うと考えられている。しかし、責任の範囲などが必ずしも明確とはいえないことから、契約上の特約又は就業規則上の条項によって秘密保持を定めておくことが有効であると考えられている。もっとも、就業規則に秘密保持に関する規定があっても、抽象的な規定に留まらざるを得ないため、どの程度の義務を負うかが明確でないという点が問題となりうる。そこで、義務の内容を具体化する観点からも、誓約書を取得することには意味がある。従業員としても自らの負う秘密保持義務の内容を明確に知ることになるため、予測可能性が高まり、注意喚起的な効果も認めることができる。

加えて、退職後には、営業秘密としての保護がある場合など、法律上の保護がある場合を除き、原則として在職中負っていた労働契約の信義則上の秘密保持義務が退職により消滅すると考えられるので、退職後も秘密保持義務を課す誓約書を取得しておくことが望ましい。

(イ)サイバーセキュリティの確保

守秘の対象となる情報資産が個人情報の含まれるデータベースであった場合、個人情報取扱事業者となる使用者側は、従業員が当該データベースを取り扱うにあたり、必要かつ適切な管理措置を行わなければならない(個情法第24条)。

また、例えば情報資産が技術情報であり、当該情報資産につき、営業秘密として保護を受ける必要があるのであれば、当該情報資産を秘密として管理する必要がある(秘密管理性・不正競争防止法第2条第6項)。さらに、契約上も機密情報とされる情報の適切な管理が求められることがある。

こうしたサイバーセキュリティ関連法令の義務を履行するための方法の一つとして、従業員との間で秘密保持契約を締結し、又は誓約書を取得する方法が考えられる。

イ 誓約書を取得する際に考慮すべき事項

誓約書を取得する際に考慮すべきなのは、法令上要求されている情報資産の管理という目的の達成と、従業員に課される義務とのバランスをとることである4

(ア)誓約書の対象情報

誓約書の対象となる情報については、情報資産の管理という観点から決定されるべきであるが、特に営業秘密として保護をする場合には対象を具体的に特定することが必要である5。また、従業員の予測可能性を高めるという観点からもできるだけ特定し具体化することが望ましいといえる。もっとも、守秘すべき必要性が乏しい情報を含めて広く誓約書を取得することは、後に誓約書の内容が争いになった場合、誓約書の有効性が否定されるおそれがあるため、望ましいとはいえない。例えば、従業員本人が当該職種における一般的な仕事の中で自然に身につけることができるスキルのような情報に制約を課すことができないとした裁判例6がある。

(イ)誓約書を取得する時期

誓約書を取得するタイミングとして、従業員の退職時、あるいは退職後に誓約書を取得することも考えられないわけではない。しかし、退職時あるいは退職後には従業員がこれに応じないことも少なくないと考えられる。また、入社時に徴収した誓約書では、抽象的な内容とならざるを得ないため、その有効性には限界がある(このような問題は、後から誓約書が有効か否かをめぐって争いになる)。そこで、義務を具体化するといった観点から、企業秘密に接する段階において守秘すべき情報を特定した上でかかる情報に関する守秘について合意する旨の誓約書を当該従業員から取得することなどが考えられよう。なお、従業員の退職後に競業避止義務、秘密保持義務を課す場合の留意点については、Q32~Q34を参照されたい。

ウ 従業員が誓約書への署名に応じない場合の措置

誓約書への署名については労働契約上使用者が有する業務命令権が及ぶとは考えられないため、業務命令の対象とすることはできない。したがって、従業員が署名を拒否したことを業務命令違反として懲戒処分を行うことはできない。また、誓約書に署名しないという行為が、企業秩序を侵しているとまでいえないため、この観点からも懲戒処分にはできない。 もっとも、誓約書を提出しない従業員をプロジェクトに参加させないことは、人事権の行使の範囲内にあたり認められる。誓約書を提出しない従業員に対しては、このような人事権の行使で対処することになろう。

エ 誓約書に違反した場合の懲戒処分の可否

誓約書に違反したからといって、常に懲戒処分が有効とされるわけではないことに注意を要する。すなわち、上記(1)ウ(ア)で述べたとおり、懲戒処分を科すためには、就業規則に列挙された懲戒事由に該当し、かつ、懲戒権濫用(労働契約法第15条)に該当しないことが必要である。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

本文中に記載のとおり

4.裁判例

本文中に記載したもののほか、

  • 奈良地判昭和45年10月23日判時624号78頁
  • 大阪高判昭和53年10月27日労判314号65頁
  • 東京地判平成15年10月17日労経速1861号14頁
  • 東京高判平成29年3月21日判タ1443号80頁

[1]

①常時各作業場の見やすい場所へ掲示する、又は備え付ける、②書面で労働者に交付する、③磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置する、のいずれかの方法により周知する必要がある。

[2]

最判平成15年10月10日労判861号5頁

[3]

IPAウェブサイト「情報セキュリティマネジメントとPDCAサイクル」参照。
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11334363/www.ipa.go.jp/security/manager/protect/pdca/policy.html

[4]

秘密保持誓約書の例として、秘密情報保護ハンドブック157頁以下に誓約書例が記載されている。

[5]

この点については、Q20も参照されたい。

[6]

奈良地判昭和45年10月23日判時624号78頁

Q27 従業員のモニタリングと個人情報・プライバシー保護

企業が従業員に提供する業務用のPCやスマートフォン等の端末について、従業員による個人データや営業秘密の流出・漏えいの未然防止、早期発見のために、企業が、従業員の電子メールのモニタリングや端末画面のスクリーンショット等、又はGPSを用いて従業員の位置を管理すること等について、法律上問題点になる点、留意すべき点は何か。また、従業員の私物であるPCやスマートフォン等の端末の場合はどうか。

タグ:民法、個情法、モニタリング、GPS、プライバシー権

1.概要

企業が従業員に提供するPCやスマートフォン端末は、従業員の私的な通信など、私的な目的でも利用されることが少なくない実態があるため、企業が行う電子メール等のモニタリングは、従業員に対するプライバシー侵害の問題や個情法への抵触を生じさせる可能性がある。

そこで、企業としては、業務用のPCやスマートフォン端末の利用に関する規程を設け、その中で、私的利用についてのルールを明確化するとともに、個人情報保護法制に適合的な形でモニタリングについて規定し、従業員への周知徹底を図るべきである。その上で、モニタリングを行う際には、モニタリングを必要とする個別具体的な事情も考慮しつつ、社会的に相当な範囲を逸脱する監視と評価されることがないよう注意を払うべきである。

近年は、EDR(Endpoint Detection and Response)やSOC(Security Operation Center)を活用する例も増えているが、これらを活用する場合にも、プライバシー侵害や個情法への抵触が問題となり得るため、電子メール等のモニタリングと同様若しくはそれ以上に注意を払う必要がある。

なお、企業が従業員の私用メールや業務用PCやスマートフォン端末の私的利用を禁止することには服務規律上の根拠が認められるが、一方で過度に渡らない私用メール等が許容されるべきことは社会通念として一定の定着をみていると考えられるため、そのことへの配慮が必要となる。

さらに、近年、従業員が私物のPCやスマートフォン端末を業務に利用する事例も増えてきている。かかる私物端末について端末管理ソフト等を導入する場合には、事前に、個別の同意書面を取得する必要がある。

2.解説

(1)PCやスマートフォン端末等のモニタリングをめぐる問題点

企業が従業員の利用するPCやスマートフォン端末等をモニタリングすることには、次に挙げるように、従業員に対するプライバシー侵害と、個情法の観点から、法的な問題が生じ得る。

ア プライバシーに関する問題点と裁判例の状況

まず、企業がPCやスマートフォン端末等のモニタリングを通じて、私的利用に伴う従業員の私的な情報を知ることは、従業員のプライバシーを侵害する違法な行為とされる可能性がある。この点についての代表的な裁判例(東京地判平成13年12月3日労判826号76頁、東京地判平成14年2月26日労判825号50頁、東京地判平成16年9月13日労判882 号50 頁など)において示された考え方は、概ね次のようなものである。

  1. まず、電子メール等の私的利用について、これを禁止する服務規律上の定めが存在しないか、存在しても、その実効性確保に向けた取組みが十分でない場合、社会通念に照らして過度にわたらない私的利用が許容されているものと解される。
  2. このように、電子メール等の私的利用が一定範囲で許容されている場合、私的利用に伴う従業員の私的情報はプライバシーによる保護の対象となり得る。ただし、このような場合にも、企業が行うモニタリングが直ちにプライバシー侵害として違法になるわけではない(裁判例の中には、このことに関連して、電子メール等の私的利用の場合には使用者が管理する領域(サーバ上のファイル等)に情報が残ることなどから、私用電話のようなケースに比べるとプライバシーによる保護の程度は弱いものとなる旨を述べるものもある。前掲・東京地判平成13年12月3日)。
  3. 具体的にプライバシー侵害が成立するかどうかの判断は、モニタリングの目的が企業運営上必要かつ合理的なものか、その手段・態様は相当か、従業員の人格や自由に対する行き過ぎた支配や拘束にならないか、従業員の側に監視を受けることも止むを得ないような具体的事情が存在するか、等の要素を総合的に考慮し、モニタリング行為が社会通念上相当として許容される範囲を逸脱するかどうかを判断するという枠組みの下で行われ、これが肯定される場合にプライバシー侵害が成立する。

なお、このようなプライバシー侵害の問題は、基本的には被監視者とされた従業員に対して企業が不法行為(民法第709条、第715条)に基づく損害賠償責任を負うことになるかという問題であるが、プライバシー侵害の程度が重大である場合には、そのような違法性の強いモニタリング等の行為によって得られた情報は従業員に対する懲戒処分等の不利益を課す根拠となし得ないものとされる可能性もある(結論としては否定したが、このような処理の可能性を認めた例として、前掲・東京地判平成16年9月13日)。

また、GPSを用いた従業員の位置情報の監視に関する裁判例として、東京地判平成24年5月31日労判1056号19頁がある。同裁判例は、「GPS衛星の電波を受信することによって携帯電話又はパソコン(親機)から、本件ナビシステムに接続した携帯電話(子機)の位置を常時確認することができる」機能を持つ、電話会社の提供する「本件ナビシステム」を用いた従業員の位置情報の監視の不法行為該当性が論点の一つとなった事案である。同裁判例は、「原告が労務提供が義務付けられる勤務時間帯及びその前後の時間帯において、被告が本件ナビシステムを使用して原告の勤務状況を確認することが違法であるということはできない。」としつつも、「反面、早朝、深夜、休日、退職後のように、従業員に労務提供義務がない時間帯、期間において本件ナビシステムを利用して原告の居場所確認をすることは、特段の必要性のない限り、許されない」とし、結論として、本件ナビシステムを用いた被告による原告の監視は不法行為を構成すると判断した。

イ 個情法上の問題点と関連する規定等

次に、個情法との関係では、企業が行うPCやスマートフォン端末等のモニタリングに対して同法の規制が及ぶ可能性がある。

すなわち、従業員によるPCやスマートフォン端末等の利用に関する情報(メールの文面、アクセス履歴等)は、当該情報それ自体から、あるいは他の情報と容易に照合することにより、特定の個人を識別することができる場合には、同法第2条第1項にいう個人情報に該当する。そして、このような個人情報を企業がPCやスマートフォン端末等のモニタリングを通じて取得することは、従業員の個人情報の取得に該当する。このため企業がモニタリングを行う際には、個人情報の利用目的の特定及びその通知等(同法第17条第1項、第21条)、目的外利用の原則禁止(同法第18条)、不適正利用の禁止(同法第19条)、適正取得(同法第20条)、さらに、個人データ(同法第16条第3項)に該当する場合には、第三者提供規律(同法第27条)などの同法が定める事項を遵守しなければならない。

以上のほか、同法との関係では、個情法ガイドライン(通則編)及び個情法QAの記載も、企業がPCやスマートフォン端末等のモニタリングを行う際に留意すべき点を検討する上で参考になる。

例えば、個情法QA5-7は、個人データの取扱いに関する従業者の監督、その他安全管理措置の一環として従業者を対象とするビデオ及びオンラインによるモニタリングを実施する場合は、以下のようにすることが望ましいとしている。

  1. モニタリングの目的をあらかじめ特定した上で、社内規程等に定め、従業者に明示すること
  2. モニタリングの実施に関する責任者及びその権限を定めること
  3. あらかじめモニタリングの実施に関するルールを策定し、その内容を運用者に徹底すること
  4. モニタリングがあらかじめ定めたルールに従って適正に行われているか、確認を行うこと

また、個情法QA5-7は、モニタリングに関して、個人情報の取扱いに係る重要事項等を定めるときは、あらかじめ労働組合等に通知し必要に応じて協議を行うことが望ましく、また、その重要事項等を定めたときは、従業者に周知することが望ましいとしている。

(2)PCやスマートフォン端末等のモニタリングについて企業が講ずべき措置

以上のような裁判例・法令等の状況を前提とすると、企業は、PCやスマートフォン端末等のモニタリングを行う際には、従業員に対するプライバシー侵害等の法的リスクの回避・軽減を図るという観点から、以下のような措置を講ずべきである。

ア モニタリングに関する規程の整備

まず、業務用のPCやスマートフォン端末の利用方法に関する規程を整備し、その中で、PCやスマートフォン端末等のモニタリングについての規定を置くべきである。このような規定を置き、それに従ってモニタリングを行うことは、モニタリング行為の手段・方法の相当性を肯定する要素となるなど、前述した、プライバシー侵害の成否についての判断において、侵害のリスクを回避・軽減することにつながる。また、個情法との関係では、このような規程の中でモニタリングによって収集した従業員の個人情報の利用目的を示すことで、利用目的の特定・通知等という同法上の要求事項を満たすことになる。

こうした規程は、事業場の全従業員を対象としたものであるときには、就業規則に記載することが労働基準法上要求される(労働基準法第89条第10号)。また、事業場の全従業員を対象としていない場合及び使用者に就業規則の作成義務がない場合(同法第89条参照。これらの場合、就業規則に記載する法律上の義務はない)にも、対象となる事項がサイバーセキュリティ上の重要な事項であることからすると、社内規程に記載しておくことは望ましいといえる。作成した社内規程は、就業規則として作成したかどうかに関わらず、対象となる従業員に周知する必要がある(就業規則の周知については、同法第106条、労働契約法第7条、第10条参照。就業規則の形をとらない場合にも、上述した法的リスクの回避・軽減を実現するためには従業員への周知が不可欠である)。

規程中でモニタリングに関する事項として規定しておくべき事項としては、次のようなものが挙げられる。

  1. モニタリング対象となる機器等の私的利用(私用メール等)に関するルール(私的利用の許容範囲等)
  2. モニタリングを実施する権限と責任の所在(権限・責任が帰属する職制・部署等)
  3. モニタリングを実施する目的(収集情報の利用目的)
  4. モニタリングの具体的実施方法(調査の対象となる媒体等及び調査の手法、事前予告の有無等の調査実施手続)

このほか、収集した情報の保存期間、収集情報の第三者提供を原則として行わないこと(個情法第27条参照)、モニタリングの適正を確保するための監査に関する事項などについての規定を置くことも考えられる。

いくつかの点に説明を補足すると、まず、私的利用の許容範囲等に関する定めは、これをどのように設定するかによって、モニタリングとの関係で保護の対象となる従業員のプライバシーの範囲に影響を及ぼす。この点について、理論上は、私的利用を一切禁止するとともに、電子メール等がモニタリングによる閲覧の対象となることを事前に明らかにしておけば、プライバシー侵害の問題は生じなくなるといえるが、このような取扱い(特に私的利用を一切禁止すること)が許容されるかについては検討を要する(後述「(3)PCやスマートフォン端末等の私的利用の禁止について」)参照)。

次に、モニタリングの実施目的については、情報流出・漏えいの防止、電子メール等の業務目的外利用の防止等の、企業運営上の必要性・服務規律の観点から合理的なものであることを要する。

モニタリングの実施方法については、従業員のプライバシー侵害を生じさせないことへの留意が必要となる。基本的には、上述したモニタリングの目的を達成する上で合理的であり、かつ、従業員のプライバシーその他の人格的利益を必要以上に侵害しないよう配慮した内容を定めるべきであるが、次のイで述べるように、プライバシー侵害を生じさせないものとして許容されるモニタリング手法の範囲は、具体的状況に応じて変化し得るため、イで述べる内容を踏まえつつ、具体的な状況に応じた柔軟な対応の余地を残すような定め方とすることが望ましいといえよう。

イ モニタリング実施時の留意点

次に、具体的にモニタリングを実施する際の留意点であるが、基本的には、アで述べた規程の整備がなされていることを前提として、当該規程の定めに沿う形で実施すべきものである。ただし、モニタリングがプライバシー侵害となるかどうかは、最終的には、個別具体的な事案に即して判断されることになるので、実施に際しては、実施の具体的必要性(情報流出等が現に発生しているか又はまさに発生しようとしている具体的なおそれ)の有無・内容、実施しようとする手法が従業員に及ぼす不利益の内容・程度等を個別に考慮して、許容限度を超えた従業員の権利・利益の侵害と評価されることのないよう留意することが必要である。

こうした具体的留意点は、個々の事案ごとに判断されるという性質上、一般的に記述することに限界があり、また、現時点の裁判例から得られる示唆も限られたものではあるが、概ね次のようなことがいえるであろう。

  1. 情報流出等の具体的なおそれが生じていない段階で行われるモニタリングは、「広く、浅く」を旨とすべきであり、特定従業員に対象を絞って集中的にモニタリングを行うのは、当該従業員から情報流出等が生じている具体的な疑いが生じた後とすべきと思われる。
  2. 事前にモニタリング等の実施について十分な予告を行わない抜き打ち的な検査や、(使用者が管理するサーバ等ではなく)従業員が日常的に使用する端末等、従業員が通常管理する領域を対象として行う検査は、それを必要とする(より穏当な手段ではモニタリングの目的を達成することができない)事情が具体的に存在していることが必要と思われる。
ウ EDR・SOCを活用する場合の留意点

近年、セキュリティ強化を目的として、EDR(Endpoint Detection and Response)やSOC(Security Operation Center)を活用する企業が増加している。

EDRとは、組織内のネットワークに接続されているPCやスマートフォン端末等(=エンドポイント)における操作や通信内容等のログデータを収集・解析し、不審な挙動やサイバー攻撃を検知した場合に、管理者に通知するセキュリティ・ソリューションである。EDRを導入した場合においては、電子メールに関するデータのみならず、エンドポイント端末に係る様々な情報を収集・解析することになるため、従業員のプライバシー侵害を生じさせないことへの留意がより一層重要となる。また、EDRにおいて収集するデータは、それ自体だけでは特定の個人を識別することが出来なくとも、導入企業においては、通常、「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができ」、それゆえ個人情報に該当する(個情法第2条第1項第1号)と考えられる。したがって、EDRを導入する際には、上記(1)イで述べたような個情法上の義務を遵守することも必要となる。

特に、グローバル展開している企業に関しては、日本に所在する子会社のエンドポイント端末を外国の親会社が監視する場合等には、個人データの越境移転規制(同法第28条)が問題となり得る1。逆に、日本に本社が所在しており、外国子会社のエンドポイント端末を一括して監視する場合等には、外国支社に適用される各国の個人情報保護法令上問題がないかどうか(越境移転規制など)が問題となり得る。

SOCとは、24時間365日体制で企業のネットワークや端末を監視し、サイバー攻撃の検出や分析等を行う組織であり、企業がSOCサービス・プロバイダに対してネットワーク等の監視を委託するケースが多い。SOCによる監視においても、EDRと同様、様々なデータが収集されるため、やはり従業員のプライバシー侵害を生じさせないことへの留意が必要である。また、SOCにより収集されるデータも、EDRにより収集されるデータと同様、通常は容易照合性を満たし個人情報に該当すると考えられる。そのため、委託者である企業は、受託者であるSOCサービス・プロバイダを監督する義務を負い(同法第25条)、また、SOCサービス・プロバイダが外国事業者である場合には個人データの越境移転規制(同法28条)が問題となり得る点に留意する必要がある。他方、受託者であるSOCサービス・プロバイダにとっては、収集したデータが個人情報に該当しない場合も少なくないと考えられるものの、個人情報に該当する可能性がある情報を含めて収集データを取り扱う以上、同法の規制には常に注意を払う必要がある。

(3)PCやスマートフォン端末等の私的利用の禁止について

上述した問題のうち、従業員のプライバシー侵害をめぐる問題においては、前述した裁判例の判断枠組みに照らすと、会社の提供するPCやスマートフォン端末等について、私的な目的での利用が一定の範囲内で許容されることが、プライバシー侵害が成立する前提になっているといえる。こうした私的利用の禁止の可否については、Q28を参照)。

(4)従業員の私物であるPCやスマートフォン端末等を対象とした検査

以上の検討は、モニタリングの対象となる業務用のPCやスマートフォン端末等を企業が提供することを前提としたものであった。

これと異なり、従業員が私物のPCやスマートフォン端末を業務に利用している場合には、そこに保存されたデータについて従業員のプライバシーを保護する必要性は企業が提供するPCの場合に比して著しく大きいものとなる。このため、従業員から、事前に、個別の同意書面を取得する必要がある。同意書面には、端末管理ソフトを導入する目的、取得するデータの範囲、取得の方法、取得したデータの利用態様などを明記するほか、リモートでデータを削除する場合等の条件などを明記し、従業員に十分その内容を理解させる必要がある。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

本文中に記載のとおり

4.裁判例

本文中に記載のとおり


[1]

なお、個人データの提供先が、「個人の権利利益を保護する上で我が国と同等の水準にあると認められる個人情報の保護に関する制度を有している外国」(例えば、EU加盟国)に所在する場合や、「個人情報取扱事業者が講ずべきこととされている措置に相当する措置を継続的に講ずるために必要なものとして個人情報保護委員会規則で定める基準に適合する体制を整備している」場合は、個情法第28条第1項の規定は適用されないが、その場合であっても、同法第27条の第三者提供制限の規律は適用されるため、留意する必要がある。

Q28 業務用端末の私的利用・私物端末の業務利用等に関する諸問題

企業が従業員に貸与する端末やメールアドレスを私的に利用することや従業員が私物端末を業務に利用すること等を巡っては様々な問題があるが、次のようなケースではどのようなことを考慮すべきか。

  1. 私用メールの禁止・制限
  2. SNSの利用禁止・制限
  3. 私物端末の社内持込及び業務用データの社外持ち出しの禁止・制限
  4. ①~③に違反した場合の懲戒・解雇処分の可否

タグ:労働契約法、私用メール、SNS、労働契約、就業規則、職務専念義務、解雇・懲戒処分、労働基準法、私物PC、業務用データの社外持ち出し

1.概要

  1. 業務用メールアドレスの私的利用の禁止・制限

    企業が従業員の業務用メールアドレスの私的利用(以下、本項において「私用メール」という。)その他業務用PCの私的利用を禁止又は制限することについては、禁止を原則としつつ例外を認めること等柔軟な制度設計を行うことが考えられる。

  2. SNSの利用禁止・制限

    企業が一定の場合にSNSの利用を禁止又は制限する規程を設けることには合理的理由がある。ただし、必要かつ合理的な限度の範囲においてのみ社会通念上許容されるものである。

  3. 私物端末の社内持込及び業務用データの社外持ち出しの禁止・制限

    企業は、従業員が遵守すべき事項を、従業員の服務上の義務(服務規律)としてあらかじめ定め、周知徹底を図る必要がある。さらに、当該服務規律について、就業規則上で、従業員に対して遵守を求め、違反がある場合には懲戒処分を実施できるようにしておくべきである。

    私物PC等の社内持込及び利用禁止を実施する際、会社は従業員に持込及び利用の禁止を命ずることができる。私物PC等の社内持込及び利用を認める場合には、所有者の意思に反して調査することは原則的にできないことに注意すべきである。

    また、使用者は、就業規則に定めを置き、業務用の情報の社外持ち出しを規制することができる。

  4. ①~③に違反した場合の懲戒・解雇処分の可否

    上記の行為は、解雇や懲戒処分の対象となり得る。ただし、こうした処分を実際に行うに当たっては、あらかじめこれらの行為に関する禁止や制限を定めた規程を作成し、就業規則上でこれらに関する服務上の規律の遵守を求めた上で、従業員に周知する等の形で当該服務規律が徹底されていることが重要である。このような徹底がなされていない場合、解雇や懲戒処分の許容性は大きく減殺される。

上記の行為は、解雇や懲戒処分の対象となり得る。ただし、こうした処分を実際に行うに当たっては、あらかじめこれらの行為に関する禁止や制限を定めた規程を作成し、就業規則上でこれらに関する服務上の規律の遵守を求めた上で、従業員に周知する等の形で当該服務規律が徹底されていることが重要である。このような徹底がなされていない場合、解雇や懲戒処分の許容性は大きく減殺される。

2.解説

(1)業務用メールアドレスの私的利用の禁止・制限

企業が業務遂行のために従業員に提供する業務用PC等の器材・設備及びメールアドレス(以下「PC等」という。)を私的な目的を含む業務外の目的で利用することは、これらを提供する趣旨に反する。そして、私用メールが就業時間内に行われる場合には、当該行為は従業員が労働契約上負っている職務専念義務への違反となり得る。さらに、業務上取り扱う情報を外部に転送すること等で、情報流出のおそれはもちろん、その他守秘義務違反、競業行為等の問題が生じ得るほか、企業が提供するPC等がストーキングや脅迫に用いられることで、企業の評判が害されるおそれがあるという名誉・信用の問題、そして、PC等の私的利用を許すことで、ウイルス感染のリスクが高まるという問題も生じうる。こうした問題を抑止する観点から、業務用のPC等端末の私的利用の禁止が正当化され得る。

他方において、PC等の私的利用が会社における職務の遂行の妨げとならず、また、私的利用を許容することで発生しうる会社の経済的負担(メールサーバの負荷、PCのメンテナンスコスト等)もきわめて軽易なものである場合には、必要かつ合理的な範囲内における過度に渡らない私用メール等が許容されるべきことは社会通念として一定の定着をみていると考えられるため、全面的に禁止することは難しいと考えられる。

以上から、企業が従業員に対して業務用PC等の私的利用を禁止したい場合には、就業規則等の諸規程において、合理的な理由がある場合に限定的に禁止するなど柔軟な規定を設けて制度設計を行うことが考えられる。

加えて、従業員がこれを理解し、実行し得るものとなるよう、必要に応じてガイドラインを設けるなどしておくことが望ましい。

なお、私用メール等を禁止する規定を設けているとしても、事実上私用メール等が黙認される等の実態がある場合には、当該規定の有効性が問題となることがあり得るため、規定を設けるだけでなく、規定に沿った実運用を図る必要がある。

(2)SNSの利用禁止・制限

企業内において、人事情報、知的財産、営業秘密等のセンシティブな情報を取り扱う従業員については、私的なSNSアカウントの利用を許すことで、これらのセンシティブな情報を流出するおそれがあり、その他の従業員についても、SNSを用いて企業の評価を害するような発信を行うおそれがある。

このため、企業としては、一定の場合にSNSの利用を禁止し、又は制限する規定を設けることが認められると考えられる。

ただし、こうした規定は、必要かつ合理的な限度の範囲においてのみ社会通念上許容されるものと考えられることから、SNSの利用に関する規程ないしガイドラインを設け、禁止又は制限の対象となる部署、発信内容、対象となるSNS等について明確化することが考えられる。

(3)私物端末の社内持込及び業務用データの社外持ち出しの禁止・制限

ア 服務規律の作成

企業は、私物パソコン等の社内持込及び利用禁止、業務用データの社外持ち出し、テレワークなど社外における業務を認めるに当たっては、従業員が遵守すべき事項を、従業員の服務上の義務(服務規律)としてあらかじめ定め、周知徹底を図る必要がある。そして、企業は、就業規則上で、当該服務規律の遵守を求め、違反がある場合には従業員に対する懲戒処分を実施できるようにしておくべきである。

イ 私物PC等の社内持込及び利用禁止を実施する際の考慮事項

私物パソコン等の社内持込及び利用は、企業秘密漏えいの可能性があるため、会社は、従業員に持込及び利用の禁止を命ずることができる。私物PCは、当然のことながら会社には所有権がないため、所有者の意思に反して調査することは原則的にできないと考えるべきである。調査は、現に秘密漏えい事故があり、当該従業員にその漏えいの疑いを持つことに合理的な根拠があるなどの高度の必要性がある例外的な場合に限定されよう。また、私物PCには多くのプライバシー情報が含まれる点も留意しなければならない。

ウ 業務用データの社外持ち出しを認める場合の考慮事項

従業員は労働契約上、企業の利益を不当に害しないようにする信義則上の義務(労働契約法第3条第4項)の履行として、秘密保持義務を負っているため、使用者は業務用の情報の社外持ち出しを規制することができる。また、業務上の情報を含む物品に関し、会社は所有権を有するため、これをどこで使用させるかについて会社には管理権限により決定することができる。企業は、業務上、情報を含む物品を社外に持ち出さないという規則を定める権限があり、従業員は、労働契約上の企業秩序遵守義務から当該規則に従う義務を負っている。特に、従業員の義務の内容に関しては、就業規則に根拠規定を置いた社内規程等において、禁止の範囲などを明確に定めておかなければならない。この際、企業の外から、企業の管理するアカウントを利用して、企業に管理権限がある情報にアクセスすることも業務用データの社外持ち出しに該当することに注意する必要がある。

(4)上記(1)~(3)に違反した場合の懲戒・解雇処分の可否

私用メール等を理由とした解雇や懲戒処分の効力も、一般的な解雇・懲戒処分の判断と同様の枠組で判断される。

すなわち、解雇については就業規則等で定められた解雇事由への該当性、解雇権濫用の成否(労働契約法第16条)などが、懲戒処分については就業規則上の根拠規程の存否、就業規則上の懲戒処分事由への該当性、懲戒権濫用の成否(労働契約法第15条)などが、それぞれ問題となる。

上記のとおり、PC等の私的利用、SNSの利用や私物PC等に関する規定を設け、また、その違反行為を就業規則上の懲戒処分事由として明確化し、解雇・懲戒の対象とした場合であっても、裁判上、解雇・懲戒の効力が否定されることはあり得る。

例えば、軽微な違反の場合に解雇・懲戒を行った場合は、裁判においてその効力が否定されることがあり、また、就業規則等にPC等の私的利用等について単純に全面禁止である旨を規定するのみでは、裁判においてそのとおりの効力が認められず合理的限定解釈の対象となりうる。

さらに、規定はあるものの、従業員に周知されていないなど、運用面で実態と乖離している場合も、当該規定の効力が否定されうる。

以上のとおり、上記(1)~(3)に関する制限については、全面禁止の規定を設けたとしても、従業員と争いとなる場面ではその効力の全部又は一部が否定されることがあり得る。このため、少なくともガイドラインの制定による基準の設定、規程・ガイドラインの内容の周知を行うことによって、規程と実態の乖離を防ぎ、当該規程の効力の有効性を担保することが考えられる。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 労働契約法第15条、第16条など
  • 労働契約法第3条第4項

4.裁判例

  • 東京地判平成13年12月3日労判826号76頁
  • 東京地判平成14年2月26日労判825号50頁
  • 東京地判平成15年9月22日労判870号83頁
  • 札幌地判平成17年5月26日労判929号66頁
  • 福岡高判平成17年9月14日労判903号68頁
  • 東京高裁平成17年11月30日労判919号83頁(原判決は、東京地判平成17年4月15日労判895号42頁)
  • 東京地判平成19年6月22日労働経済判例速報1984号3頁
  • 東京地判平成19年9月18日労働判例947号23頁

Q29 テレワークにおけるセキュリティ

テレワークなど社外における業務を認める場合にはどのようなことを考慮すべきか。

タグ:テレワーク、VPN、テレワークセキュリティガイドライン

1.概要

近時、新型コロナウイルス感染症の拡大によりテレワークの導入が加速したが、テレワークは、オフィスにおける勤務に比して類型的にセキュリティリスクが高く、実際、テレワークの導入が加速したことを狙ったと思われるサイバー攻撃が多数発生している。

テレワークの実施に当たっては、経営者、システム・セキュリティ管理者、テレワーク勤務者がそれぞれの立場からセキュリティの確保に関して必要な役割を認識し、適切に担っていくことが重要である。

2.解説

(1)テレワークの拡大とセキュリティリスク

近時、新型コロナウイルス感染症の拡大によりテレワークの導入が加速し、組織内外のコミュニケーション手段としてウェブ会議システムの利用が増加した。テレワークとは、労働者が情報通信技術を利用して行う事業場外勤務をいい、①労働者の自宅で業務を行う在宅勤務、②労働者の属するメインのオフィス以外に設けられたオフィスを利用するサテライトオフィス勤務、③ノートパソコンや携帯電話を活用して臨機応変に選択した場所で業務を行うモバイル勤務などの類型がある1。また、長期滞在先や旅行先などでテレワークを行う「ワーケーション」も注目を浴び、勤務の場所や状況を選ばない点で業務の効率化に役立っている。

他方、テレワークには、業務にインターネットを利用すること、従業員以外の第三者が立ち入る場所で執務をすること、セキュリティ設定が甘い無線LAN(Wi-Fi)を利用する可能性があること、私物の端末を使用する場合があること等、特有のリスクがあり、テレワークは、オフィスにおける勤務に比して、類型的にセキュリティリスク(情報漏えいリスク2や情報システムリスク3等)が高い。実際、テレワークの導入が加速したことを狙ったと思われるサイバー攻撃が実際に多数発生しており、近時では、複数のVPN製品の脆弱性を突いた不正アクセス事案も多発している。脆弱性が原因と思われる情報漏えいについては、国内外で様々な機関が注意喚起を行っており、IPAが公開した「情報セキュリティ10大脅威2022」でも、「テレワーク等のニューノーマルな働き方を狙った攻撃」が組織向けの脅威の第4位となっている。

テレワークに係るセキュリティ対策を検討・実施するに当たっては、例えば、総務省が公表している「テレワークセキュリティガイドライン」、NISCが発出している注意喚起、IPAが公表している「テレワークを行う際のセキュリティ上の注意事項」等が参考になる。また、テレワークの実施に際しては、必然的に労務管理上の問題も生じることとなるが、これについては、厚労省が公表している「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」等が参考になる。以下、これらの概要を説明する。

(2)テレワークセキュリティガイドライン(総務省)

総務省「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)」4(以下「テレワークセキュリティガイドライン」という。)は、テレワークの実施に当たっては、経営者、システム・セキュリティ管理者、テレワーク勤務者がそれぞれの立場からセキュリティの確保に関して必要な役割を認識し、適切に担っていくことが重要とし、それぞれの立場について、期待される役割と具体的に実施すべき事項を説明している5

ア 経営者の役割・実施すべき事項

経営者の基本的な役割は、事業の効率的かつ健全な発展と、当該事業に影響を及ぼすセキュリティリスクへの対応という両側面から、組織としてのあるべき姿を大局的な立場から検討し、その方針を示し、システム・セキュリティ管理者に作業を指示することである。具体的には、①テレワークセキュリティに関する脅威と事業影響リスクの認識、②テレワークに対応したセキュリティポリシーの策定、③テレワークにおける組織的なセキュリティ管理体制の構築、④テレワークでのセキュリティ確保のための資源(予算・人員)確保、⑤テレワークにより生じるセキュリティリスクへの対応方針決定と対応計画策定、⑥テレワークにより対応が必要となるセキュリティ対策のための体制構築、⑦情報セキュリティ関連規程やセキュリティ対策の継続的な見直し、⑧テレワーク勤務者に対するセキュリティ研修の実施と受講の徹底、⑨セキュリティインシデントに備えた計画策定や体制整備、⑩サプライチェーン全体での対策状況の把握を実施することが重要である6

イ システム・セキュリティ管理者の役割・実施すべき事項

システム・セキュリティ管理者の基本的な役割は、経営者が示した方針や指示を情報セキュリティに関するルール(情報セキュリティ関連規程)の作成により具体化し、当該ルールを従業員に遵守させるとともに、当該ルールに沿った対策の企画・実施を行うことである。具体的には、①テレワークに対応した情報セキュリティ関連規程7やセキュリティ対策の見直し、②テレワークで使用するハードウェア・ソフトウェア等の適切な管理、③テレワーク勤務者に対するセキュリティ研修の実施、④セキュリティインシデントに備えた準備と発生時の対応、⑤セキュリティインシデントや予兆情報の連絡受付、⑥最新のセキュリティ脅威動向の把握を実施することが重要である。

ウ テレワーク勤務者の役割・実施すべき事項

テレワーク勤務者の基本的な役割は、システム・セキュリティ管理者が作成した「ルール」を認識・理解し、これを遵守することである。具体的には、①情報セキュリティ関連規程の遵守、②テレワーク端末の適切な管理、③認証情報(パスワード・ICカード等)の適切な管理、④適切なテレワーク環境の確保、⑤セキュリティ研修への積極的な参加、⑥セキュリティインシデントに備えた連絡方法の確認、⑦セキュリティインシデント発生時の速やかな報告を実施することが重要である。

(3)テレワークの導入に関連する注意喚起(NISC)

NISCは、テレワークの実施に伴い、テレワークに関連したサイバー攻撃やサポート詐欺などのリスクが高まることから、テレワークの導入に関連する注意喚起を複数発出している。

例えば、令和2年4月に発出された「テレワークを実施する際にセキュリティ上留意すべき点について」8は、テレワークの開始に当たって、導入目的の明確化、対象範囲の決定、導入計画の策定、職員への説明等を行い、必要に応じ、セキュリティポリシーの改訂、それに伴う各種ルールの策定、ICT 環境の確認・整備を行うことが必要としたうえで、テレワークの実施に際して留意すべき事項9について説明を行っている。同注意喚起は、テレワーク勤務者が留意すべき7つの項目10も指摘しており、参考になる。なお、テレワーク勤務者が、職場とは異なった環境で業務を行っていることを十分認識し、所属先が決めた規定やルールをよく理解してそれに従う(特に所属先支給外の機器を使う際のルール等)など、セキュリティ対策を強く意識してテレワークを行うことは、令和3年1月に発出された「緊急事態宣言(令和3年1月7日)を踏まえたテレワーク実施にかかる注意喚起」11において、テレワークに係るセキュリティ対策として特に重要な事項とされている。

また、同年6月に発出された「テレワーク等への継続的な取組に際してセキュリティ上留意すべき点について」12では、テレワークの導入後、これを継続的に実施するために留意すべき事項として、①情報セキュリティリスクの再評価、②情報セキュリティ関連規程の確認と必要に応じた改定、③利用端末・関連機器等の確認、④遠隔会議システムの利用状況の確認等が挙げられている。

(4)テレワークを行う際のセキュリティ上の注意事項(IPA)

IPAは、令和2年4月に公表した「テレワークを行う際のセキュリティ上の注意事項」13(令和3年7月更新)において、テレワーク勤務者に向けたセキュリティ上の注意事項を説明している。

情報漏えい防止の観点で、テレワーク時に特に気をつけるべき注意事項として、①テレワークで使用するパソコン等は、できる限り他人と共有して使わず、共有で使わざるを得ない場合は、業務用のユーザアカウントを別途作成すること、②ウェブ会議のサービス等を新たに使い始める際は、事前にそのサービス等の初期設定の内容を確認し、特にセキュリティ機能は積極的に活用すること、③自宅のルータは、メーカーのサイトを確認のうえ、最新のファームウェアを適用すること、④カフェ等の公共の場所でパソコン等を使用するときは画面をのぞかれないように注意すること、⑤公共の場所でウェブ会議を行う場合は、話し声が他の人に聞こえないように注意すること、⑥公衆Wi-Fiを利用する場合は、パソコンのファイル共有機能をオフにすること、⑦公衆Wi-Fiを利用する場合は、必要に応じて信頼できるVPNサービスを利用すること、⑧デジタルデータ/ファイルだけではなく、紙の書類等の管理にも注意することが挙げられている。

(5)テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン(厚労省)

厚労省は、使用者が適切に労務管理を行い、労働者が安心して働くことができる良質なテレワークを推進するため、テレワークの導入及び実施に当たり、労務管理を中心に、労使双方にとって留意すべき点、望ましい取組み等を明らかにするため、「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」14を公表している。

同ガイドラインは、労務管理を中心に、①テレワークの導入に際しての留意点、②労務管理上の留意点15、③テレワークのルールの策定と周知、④さまざまな労働時間制度の活用、⑤テレワークにおける労働時間管理の工夫、⑥テレワークにおける安全衛生の確保、⑦テレワークにおける労働災害の補償、⑧テレワークの際のハラスメントへの対応、⑨テレワークの際のセキュリティへの対応について説明している。上記⑨においては、情報セキュリティの観点から全ての業務を一律にテレワークの対象外と判断するのではなく、関連技術の進展状況等を踏まえ、解決方法の検討を行うことや業務毎に個別に判断することが望ましいとされ、また、企業・労働者が情報セキュリティ対策に不安を感じないよう、テレワークセキュリティガイドライン等を活用した対策の実施や労働者への教育等を行うことが望ましいとされている。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

本文中に記載のとおり

4.裁判例

特になし


[1]

厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/content/000759469.pdf)1頁参照。

[2]

テレワークにおける情報漏えいリスクの具体例として、例えば、インターネットを通じて業務データを社外で利用している際のマルウェア感染、第三者によるのぞき込み、ウェブ会議システムにおける機密情報の写り込み等が考えられる。

[3]

テレワークにおける情報システムリスクの具体例として、例えば、インターネットを通じて業務データを社外で利用している際のマルウェア感染等により情報システムの全部又は一部を停止せざるを得なくなり、業務継続に支障が生じること等が考えられる。

[5]

「テレワークセキュリティガイドライン」は、それぞれの役割や実施すべき事項を考える前提として、セキュリティ対策は、「最も弱いところが全体のセキュリティレベルになる」という特徴があり、「ルール」「人」「技術」のバランスが取れた対策が必要性であるとしている。

[6]

なお、②⑤⑦⑧⑨の全部又は一部については、本来は経営者が実施すべき事項であるものの、その具体的作業をシステム・セキュリティ管理者に任せることが想定されている。

[7]

テレワークの実施に当たっては、日頃は企業内部で厳密に保管されている情報を紙媒体で持ち帰って、あるいは、自宅等外部から共有ドライブにアクセスして業務を遂行することも生じ得るところ、営業秘密に関しては、テレワーク環境でも秘密管理性を失わないように扱う必要がある点に留意が必要である。この点に関して、経産省知的財産政策室が公表している「テレワーク時における秘密情報管理のポイント(Q&A解説)」(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/teleworkqa_20200507.pdf)は、重要情報の自宅持ち帰り、私物端末での利用、ウェブ会議の留意点と営業秘密に関する事項がQ&A方式でまとめられており参考になる。営業秘密の管理については、Q20も参照されたい。

[9]

例えば、SNSに投稿したテレワークの写真に、機密性の高い文書や業務情報が映り込む事例が発生しており、テレワーク実施時には特に不用意な機密情報の漏洩に留意する必要があるとされている。

[10]

①複雑なパスワードや多要素認証を使うこと、②端末や機器を最新のものにアップデートすること、③業務を装ったりするメールや不審なメールに注意すること、④通信を暗号化すること、⑤端末の盗難、紛失への注意(データの暗号化等)、⑥社外での留意点(他者からの盗み見(ショルダーハッキング)等への注意、無線LANのセキュリティ設定の注意)、⑦事故が生じた場合の連絡手順を確認することの7つである。

[14]

前掲注1参照。

[15]

「テレワークに要する費用負担の取扱い」について、「テレワークを行うことによって労働者に過度の負担が生じることは望ましくない。」といった記述もある(5頁)。

Q30 派遣労働者に対するセキュリティに関する義務付け

派遣先企業は秘密情報流出防止の目的で派遣社員の秘密漏えい防止の誓約書提出を義務付けることができるか。また、セキュリティ対策のための教育訓練を行うことができるか。

タグ:民法、労働者派遣法、派遣労働者、誓約書、教育訓練

1.概要

派遣労働者の秘密漏えい防止については、派遣元企業と派遣先企業との間の労働者派遣契約の中でそれを条件とするなど、労働者派遣契約(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(昭和60年法律第88号、以下「労働者派遣法」という。)第26条)の中で検討すべき事項である。

セキュリティ対策のための教育訓練に関しては、派遣労働者が派遣契約上負う職務を遂行する上で必要な範囲のものであれば、派遣先企業は、当該派遣労働者に対して教育訓練を行うことが可能である。

2.解説

(1)労働契約に付随する秘密保持義務等

従業員は、労働契約に付随する義務として秘密保持義務を負っている。しかし、派遣先企業と派遣労働者との間には労働契約が存在しないため、派遣先企業において派遣労働者に秘密保持義務を直接負わせることはできない。派遣労働者の守秘義務に関しては、あくまでも雇用関係のある派遣元企業と派遣労働者の間で義務付けがなされるべき事項である。

したがって、派遣労働者に派遣先企業の業務に関する秘密保持を義務付けるためには、基本的には派遣元企業との労働者派遣契約(労働者派遣法第26条)において、派遣元企業・派遣労働者間で派遣先の業務に関する秘密保持契約を締結させることを条件としておくことが考えられる。そして、派遣労働者が派遣元企業に対して誓約書を提出すること及び当該誓約書の写しを派遣先に提出することも派遣の条件としておくとよいであろう。また、派遣労働者が秘密を漏えいした場合には、派遣元企業が派遣先企業に対して損害賠償額の支払の責任を負う旨を定めておく等の措置も考えられる。

(2)労働者派遣法上の秘密保持義務

ところで、労働者派遣法第24条の4は「派遣元事業主及びその代理人、使用人その他の従業者は…その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らしてはならない。派遣元事業主及びその代理人、使用人その他の従業者でなくなった後においても、同様とする。」と定めている。この条文にいう「従業者」とは派遣元企業において勤務する従業者のほか、派遣労働者も含むため、派遣労働者は労働者派遣法上「秘密を守る義務」を負うということになる。しかし、この義務は、労働者派遣法の性質から、該当する者が国に対して負っている義務(公法的な義務)であって、派遣労働者が派遣先企業に対してこの義務を負うものではない。したがって、やはり上記のように労働者派遣契約の中での対応が必要となるといえる。

(3)セキュリティ対策のための教育訓練等

派遣先企業は、派遣労働者の就業に際して、派遣先企業において秘密としている事項又は一般の従業員が負っている秘密保持の内容について、派遣労働者に周知すべきである。そして、秘密保持について教育訓練が必要になる場合には、派遣先企業はこれを実施することができる。派遣労働者は、派遣先企業の指揮命令下で使用されるため、派遣先企業で指揮命令を受けて職務を遂行する上で必要な教育訓練であれば、派遣先企業は当該派遣労働者に教育訓練を命ずることができるからである。

したがって、セキュリティ対策のための教育訓練に関しては、派遣労働者が派遣契約上負う職務を遂行する上で必要な範囲のものであれば、派遣先企業は当該派遣労働者に教育訓練を行うことは可能である。このことについても、できる限り労働者派遣契約において明確化しておいた方がより適切であると考えられる。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 民法第709条
  • 労働者派遣法第24条の4、第26条
  • 秘密情報保護ハンドブック

4.裁判例

特になし

Q31 インシデント発生時の従業員の調査協力等

営業上の秘密の漏えい等のサイバーセキュリティインシデントを発生させた従業員に対し、調査に協力させたり、始末書を徴収したり、セキュリティ啓発教育を受けさせたりする等の措置をとる際に労働法上考慮すべき事項としてはどのようなものがあるか。また、どのような場合に、当該従業員に対し、解雇、懲戒処分、損害賠償請求等を行うことができるか。

タグ:労働基準法、労働契約法、従業員、サイバーセキュリティインシデント、調査協力、始末書、解雇、懲戒処分、損害賠償請求

1.概要

(1)従業員の負う調査協力義務

サイバーセキュリティインシデントが発生した場合、この事故にかかわる従業員は、調査に協力する義務を負うと考えられる。

(2)始末書の提出

始末書の内容が客観的に状況説明に過ぎないものであれば、業務命令により提出を命ずることができる。これに対して、謝罪の言葉を述べること強制する内容の始末書の提出命令に関しては、懲戒処分となるので、あらかじめこのような始末書提出義務を定める就業規則上の規定が必要である。

(3)教育訓練

業務命令によりセキュリティ啓発教育を受けさせることができる。ただし、その教育内容が、実質的に教育の意味がない見せしめ的なものであるときは、業務命令権の濫用となる。

(4)処分

従業員が在職中に営業上の秘密の漏えい等のサイバーセキュリティインシデントを発生させることは、原則として従業員が労働契約の付随義務として負っている秘密保持義務の違反に該当し、企業はこのような従業員に対し、解雇、懲戒処分、損害賠償請求等の法的手段をとり得る。ただし、具体的な解雇や懲戒処分の効力は、労働法上の判断枠組みに基づいて判断されることになる。

2.解説

(1)従業員の調査協力

企業が行う従業員による企業秩序違反行為の調査について他の従業員の協力義務が問題となった判例は、従業員の調査協力義務を肯定しつつも、それが「労働者の職務遂行にとって必要かつ合理的なものでなくてはならない」としている。

そこで、サイバーセキュリティインシデントが発生した場合、この事故を解明するのに必要かつ合理的な範囲での調査に関して、従業員はこれに協力する義務を負うと考えられる。これに関しても、事故発生の場合に調査があり得る旨をあらかじめ規程において明確にしておく必要がある。

(2)始末書の提出

始末書の内容が状況説明に過ぎないものであれば、業務命令により提出を命ずることができる。これに従わない業務命令違反に対しては、懲戒処分を課すことは可能である。この場合、状況説明としての具体的内容として、反省点を列挙させたり、今後気をつけていくべきこと、心構え等について、書かせたりすることは、業務命令権の範囲内であるといえ、問題なく行えよう。

これに対して、その内容に「謝罪の言葉を述べること」が含まれる場合には、懲戒の一類型としての始末書の提出となるので、これを義務付ける就業規則上の規定が必要である。

ところで、「謝罪の言葉を述べること」を求める、すなわち、「謝らせる」という行為は、従業員の良心、思想、信条等と微妙にかかわる内的意思の表明を求めるものであるから、反省を強要することにもなり、個人の良心・内面の自由の観点から問題となる可能性がある。このような危険を冒して「謝らせよう」とあまりに感情的になるよりも、今後二度と同様の事件が生じないよう冷静・客観的に事態を収拾することのほうが得策であろう。

(3)教育訓練

教育を実施する権利は、労働契約から派生し、特に長期雇用システムにおいては幅広い教育訓練の実施の権限が企業にはあると考えられる。しかし、内容が業務遂行と関係がなく、過度の苦痛を伴うなど不適切な制裁を含むような場合などは、権利濫用となる。セキュリティ啓発教育に関しても、この点に特にこの点に問題が生じていない限り、命令することは、可能である。

(4)処分

ア 営業上の秘密の漏えい行為等に対する解雇、懲戒処分、損害賠償請求

従業員が在職中に発生させるサイバーセキュリティインシデントのうち、これまでの裁判例において最も多く問題にされてきたのは、営業上の秘密の漏えい行為等である。企業の従業員(労働者)は、労働契約に付随する義務として、その在職中、秘密保持義務を負っていると解されていることから、こうした漏えい行為等は原則として当該義務の違反となる(ただし、サイバーセキュリティ上の問題を生じさせた従業員に対し、懲戒処分を課すにあたっては、あらかじめ就業規則上の根拠規定の整備が不可欠となること等について、Q26参照)。

こうした場合、企業は、当該行為を行った従業員に対し、解雇、懲戒処分、損害賠償請求等を行い得る。ただし、解雇及び懲戒処分については、それぞれの効力を判断する労働契約法上の枠組みに依拠して具体的な効力が判断されることになる(懲戒解雇の場合には双方の枠組みに沿った判断がなされる)。

すなわち、解雇については、解雇権濫用(労働契約法第16条)が主要な問題となり、従業員の行為態様、問題となった行為の重大性等に照らして解雇の効力が判断される。懲戒処分については、あらかじめ就業規則に設けられた根拠規定に基づいて処分を行うことが必要であるほか、ここでも、権利濫用の成否が問題となり(労働契約法第15条)、処分の根拠とされた行為の重大性に比して重すぎる処分でないか、他の同種事案に対する扱いと均衡を失していないか、等の点が問題になる。

このほか、従業員の営業上の秘密の漏えい行為等によって会社に損害が生じた場合、労働契約上の債務不履行若しくは不法行為に基づく損害賠償請求の対象となることもある。

裁判例における具体的な判断としては、退職直前の従業員自らが関与した設計書類、設計計算書等を自宅に持ち出した行為について、当該書類記載の情報を利用して退職後に競業行為に及ぶ意図が推認できるなどとして懲戒解雇を有効とし、退職金を支給しないことも適法であるとした例(大阪地判平成13年3月23日労経速1768号20頁)、新商品に関するデータ漏えい行為について、懲戒解雇に相当するものと認め、退職金を支給しないことも適法であるとしたほか、データ保存費用等、当該商品の開発・情報管理のために会社が支出した費用の一部に相当する額の損害賠償請求を認めた例(東京地判平成14年12月20日労判845号44頁)などがある。

一方、従業員に対する制裁が認められなかった例としては、従業員が、会社との間の雇用関係上の紛争に関連する資料として弁護士に会社の顧客情報を渡した行為について、当該情報を渡した経緯や相手方を考慮すると守秘義務違反に該当するとはいえないなどとして、懲戒解雇を無効とした例(東京地判平成15年9月27日労判858号57頁)などが存在する。

イ 営業上の秘密の漏えい行為等以外のサイバーセキュリティインシデント

また、裁判例上の事例は少数であるが、情報の改ざんや正確な情報の記録を怠ることについて、具体的行為態様に照らして労働契約上の義務違反が認められる場合もある。

具体例としては、農協職員による貸付金の担保に関する資料の改ざんを理由とした懲戒解雇を有効とした例(大阪地決平成13年7月23日労経速1783号17頁)、先物取引会社の従業員について、会社に対して自己の担当顧客の真実の氏名・住所等を告知する義務の存在を認め、当該告知を怠ったことによって生じた回収不能差損金相当額の損害賠償を認めた例(東京地判平成11年11月30日労判782号51頁)などが存在する。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 労働基準法第89 条第9号
  • 労働契約法第15条、第16条など

4.裁判例

本文中に記載したもののほか、以下のとおり

  • 最判昭和43年8月2日民集22巻8号1603頁
  • 最判昭和52年12月13日民集31巻7号1037頁
  • 大阪地堺支判昭和53年1月11日労判304号61頁
  • 東京地判昭和42年11月15日労民18巻6号1136頁
  • 東京地判昭和62年1月30日労判495号65頁
  • 大阪地判昭和50年7月17日労経速892号3頁
  • 高松高判昭和46年2月25日労民22巻1号87頁
  • 大阪高判昭和53年10月27日労判314号65頁
  • 最判平成8年2月23日労判690号12頁

Q32 退職後の情報漏えい防止のための秘密保持契約

退職者が在職中に知り得た秘密情報を使用又は第三者に開示することを防ぐためには、いつどのような方法で秘密保持義務を負わせることが有効であるか。

タグ:不正競争防止法、労働基準法、秘密保持契約、秘密保持義務

1.概要

企業としては、従業員との間の契約関係において、従業員が退職後に会社の秘密情報を流出させる行為、あるいはこれにつながり得る行為に制約を加えるための整備をしておくことが望ましい。このような定めとしては、以下のものが例として挙げられる。

  1. 退職後の従業員に秘密保持義務を課す定め
  2. 退職後の従業員に競業避止義務を課す定め

これらは、常に有効と判断されるとは限らない。各々の定めの有効性等は、それぞれ異なる枠組みの下で判断され(本項では①について説明し、Q33において②について説明する。)、認められ得る効力も異なる。

①の定めは、従業員との間の個別合意という形態をとるべきである(就業規則に規定を置くことも考えられるが、併せて個別合意を結んでおくべきである)。具体的には、在職中に、対象情報を特定する形で秘密保持義務を課し、退職後もその情報について秘密保持義務を継続的に負うことを明示した秘密保持契約を個別に締結することが望ましい。さらに、従業員のプロジェクトへの参加時など、具体的に秘密情報に接する機会を得る際に、その都度、秘密保持義務の対象となる情報をより具体的に特定し、退職後もその情報について秘密保持義務を継続的に負うことを明示した誓約書をとることが望ましい。

2.解説

就業規則により退職後の秘密保持義務を負わせることは、一定の合理性が認められる範囲では有効と解される余地がある。一方で就業規則では従業員の退職後の法律関係を定めることはできないという見解も有力であり、裁判実務上確立していない中で、退職後の従業員の秘密保持義務を就業規則にのみ依拠することは少なからず法的リスクを伴うことになる。また、就業規則に退職後の従業員の秘密保持義務を定める規定を置いた場合には、従業員との間の個別合意によって、就業規則の定めよりも従業員に不利益となるような義務を課すことができなくなる(労働契約法第12条)。さらに、就業規則規定の新設や変更により、既に退職した後の従業員に対し、新たに義務を課したり、義務の内容を従業員側の不利益に変更したりすることについては、許容されないと解される。そこで、退職者が在職中に知り得た企業の秘密情報を第三者に開示させないためには、仮に就業規則でその旨を設ける場合であっても、さらに、個別の秘密保持契約により、当該退職者に企業に対する秘密保持義務を負わせることが有効と考えられる。

また、企業に対する契約上の営業秘密保持義務は、営業秘密の要件である秘密管理性を充足するための重要な要素の一つと考えられている。そして、秘密情報が不正競争防止法における営業秘密としての保護を受けるためには、秘密保持の対象となる情報が具体的に特定されている必要があると考えられている1ため、営業秘密としての保護を受けるためには、対象となる秘密情報を特定した上で契約を締結することが望ましい(秘密管理性の意義についてQ20参照)。

秘密保持契約を締結する場合には、その締結時期に留意する必要がある。入社時において、秘密保持契約を個別に締結する場合には、秘密保持の対象とする具体的な秘密情報の特定が困難であり、秘密情報を特定しない包括的な秘密保持義務を定めることにならざるを得ない。他方、退職時に秘密保持契約を締結しようとしても、退職者が秘密保持契約の締結を拒否する場合があり、この場合には契約の締結を強要することはできない。

そこで、従業員に秘密情報を開示する段階で、退職後も秘密保持義務を継続的に負うことを明示した秘密保持契約を締結することが有効と考えられる。この場合、労働契約終了後も守秘義務を継続的に負担させる合意の効力が問題となるが、裁判例2は、「使用者にとって営業秘密が重要な価値を有し、労働契約終了後も一定の範囲で営業秘密保持義務を存続させることが、労働契約関係を成立、維持させる上で不可欠の前提でもあるから、労働契約関係にある当事者において、労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、価値、当事者(労働者)の退職前の地位に照らし、合理性が認められるときは、公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」としている。

また、秘密保持義務の定めを実効的なものにするためには、秘密保持義務違反に対する違約金を定めておくことも考えられる。なお、秘密保持義務違反に対する違約金の定めは労働基準法第16条との関係でその有効性について議論があるところ、企業としては、同条に違反するとの評価を受けるリスクがある点を踏まえて違約金の定めを置くことの是非を検討する必要がある。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 不正競争防止法第2条第1項第7号、第21条第1項第3号・第5号・第6号
  • 秘密情報保護ハンドブック

4.裁判例

特になし


[1]

東京地判平成17年2月25日判時1897号98頁参照

[2]

東京地判平成14年8月30日労判838号32頁

Q33 退職後の競業避止義務及び違反時の退職金減額・不支給

秘密情報の流出を防止する目的で、従業員に退職後の競業避止義務を課すことを定める就業規則規定や個別合意の効力について、従業員の職業選択の自由との関係でどのような問題が生じるか。また、秘密情報流出防止を目的として競業避止義務を従業員に課した場合、これに違反したことを理由とする退職金の減額・不支給は認められるか。

タグ:民法、不正競争防止法、競業避止義務、競業避止義務契約、労働基準法、退職金、労働契約法、就業規則

1.概要

退職後の従業員に競業避止義務や秘密保持義務を負わせる就業規則上の規定や個別合意については、それが退職した従業員の職業選択の自由を過度に制約するものとして、公序良俗違反(民法第90条)によりその全部又は一部が無効になるのではないかが問題になる。

この点につき、裁判例の傾向は、①企業側の守るべき利益およびそれを踏まえた競業避止義務契約の内容の合理性、②従業員の地位、③地域的な限定の有無、④競業避止義務の存続期間、⑤禁止される競業行為の範囲への制限、⑥代償措置の有無等の要素に基づいて判断するという点では概ね一致しているが、裁判例は個別具体的な判断であるため、どのような規定ぶりであれば有効かということは一概には言えない。

また、秘密情報流出防止を目的として競業避止義務を従業員に課した場合、これに違反したことを理由とする退職金の減額・不支給は基本的に認められる。ただし、賃金の後払い的性格の強い退職金制度の場合、退職金の減額・不支給ができない場合がある。

2.解説

(1)退職後の従業員の競業避止義務を定める約定の効力を判断する枠組み

退職後の従業員に競業避止義務を課すためには、その旨を明示的に定める就業規則上の規定、個別合意等の根拠が必要であるが、これらの定めについては、適法な手続に則った就業規則の作成・周知や合意の成立が認められたとしても、さらにそれが退職した従業員の職業選択を過度に制約するものとして公序良俗違反によりその全部又は一部が無効になるのではないかが問題になる。この点について裁判例は、その細部においては必ずしも確立した傾向を示すとはいえないが、①企業側の守るべき利益およびそれを踏まえた競業避止義務契約の内容の合理性、②従業員の地位、③地域的な限定の有無、④競業避止義務の存続期間、⑤禁止される競業行為の範囲への制限、⑥代償措置の有無等の要素に基づいて判断するという点では概ね一致しているといえる。

以下では、各々の考慮要素について、秘密情報保護ハンドブック参考資料5に沿って概要を解説する。

(2)裁判例における具体的判断

ア 企業側の守るべき利益

企業側の守るべき利益としては、不正競争防止法上の「営業秘密」はもちろん、それに準じて取り扱うことが妥当な情報やノウハウについても、守るべき企業側の利益として判断されることとなる(モップ等のレンタル事業についてこれを肯定した例として、東京地判平成14年8月30日労判838号32頁など参照)。営業秘密に準じるほどの価値を有する営業方法や指導方法等に係る独自のノウハウについては、営業秘密として管理することが難しいものの、競業避止によって守るべき企業側の利益があると判断されやすい傾向がある。

また、裁判例の中には、顧客との人的関係等について判断を行ったものも見られ、多数回にわたる訪問、地道な営業活動を要する場合であって、人的関係の構築が企業の業務としてなされている場合には、企業側の利益があると判断されやすい。

イ 従業員の地位

合理的な理由なく従業員全てを対象とした規定はもとより、特定の職位にあることをもって判断するというよりは、企業が守るべき利益を保護するために競業避止義務を課す必要がある従業員かどうかという観点から判断されていると考えられる。

例えば、形式的に執行役員という高い地位にある者を対象とした競業避止義務であっても、企業が守るべき機密性のある情報に接していなければ否定的な判断が行われることがある(東京地判平成24年1月13日労判1041号82頁等参照)。

ウ 地域的限定

地域的限定について判断を行っている裁判例はそれほど多くはない。地理的な限定がないことを他の要素と併せて競業避止義務契約の有効性を否定する要素としている裁判例も散見されるが、地理的な限定が付されていない場合であっても、企業の事業内容(特に事業展開地域)や、職業選択の自由に対する制約の程度、特に禁止行為の範囲との関係等を総合的に考慮して競業避止義務契約を有効とした裁判例もあり、単に地理的な制限がないことをもって契約の有効性を否定するものではないと考えられる。

例えば、使用者が全国規模で事業を行っていることを理由に挙げて、地理的な制限がないとしても禁止範囲が過度に広範であるということもないとした裁判例がある(東京地判平成19年4月24日労判942号39頁参照)。

エ 競業避止義務期間

退職後に競業避止義務が存続する期間についても、形式的に何年以内であれば認められるというものではなく、労働者の不利益の程度を考慮したうえで、業種の特徴や企業の守るべき利益を保護する手段としての合理性等が判断されているものと考えられる。裁判例の傾向として、期間が短期、特に1年以内のものについては、肯定的に捉えられている裁判例も多いが、長期のもの、特に2年以上の期間となっているものについては、否定的な判断がなされている例もみられる。

オ 禁止行為の範囲

禁止される行為の範囲についても、企業側の守るべき利益との整合性が判断される傾向にある。例えば、約定で禁止される行為の内容が、競業行為の自営や競業企業への就職を全面的に禁止するものでなく、アで挙げた企業の利益を侵害するおそれが大きい行為に絞り込まれている場合、従業員の職業選択の自由に及ぼす制約が小さくなることから、約定の効力は認められやすくなる。例えば、前掲・東京地判平成14年8月30日は、退職後2年間、在職中の営業担当地域及びこれに隣接する地域における(転職先からの)使用者の顧客への営業活動を禁止する内容の定めが置かれた事案であり、このように禁止する行為の内容が絞り込まれていたことから、代償措置がなくとも当該定めは有効と認められると判示されている。

このように、禁止対象となる活動内容な職種を限定する場合においては、必ずしも個別具体的に禁止されている業務内容や取り扱う情報を特定することまでは求められていないものと考えられる。

なお、これに関連して、競業行為の自営や競業企業への就職を一般的に禁止する約定の効力について、使用者たる企業側の利益を侵害するおそれが多い行為を禁止する限度で肯定する合理的限定解釈を行う裁判例もみられる(合理的限定解釈を行った上で、その限度で差止めを認めた例として、東京地決平成16年9月22日判時1887号149頁、合理的限定解釈を行った結果義務違反を否定した例として、東京地判平成17年2月23日判タ1182号337頁)。

カ 代償措置

代償措置、すなわち、競業行為を規制される従業員に対して、その代償として金銭の支払等を行うことについては、他の要素に比して競業避止義務契約の有効性について直接的な影響を与えている例も少なくなく、裁判所が重視していると思われる要素である。裁判例の中には、代償措置と呼べるものが何らなされていないことを理由の一つとして当該契約の有効性を否定する例もある。

しかし、主流な考え方は、複数の要因を総合的に考慮する考え方であり、代償措置の有無のみをもって当該契約の有効性の判断が行われているわけではない。代償措置がない場合であっても約定の効力を認める例(前掲・東京地判平成14年8月30日)や、代償措置が明確な形で講じられていない場合にも、従業員に支払われた賃金が比較的高額である場合に、そのことを代償措置としての性質も有するものとして柔軟に考慮する例(前掲・東京地決平成16年9月22日、東京地判平成19年4月24日など)も存在する。

もっとも、代償措置が明確な形で講じられていない場合に約定の効力を認めた事案の多くは、禁止される行為の内容が絞り込まれた形で約定がなされていたか、合理的限定解釈により、裁判所が禁止される行為の内容を絞り込んだ上でその効力を認めた事案である。

(3)小括

以上をまとめると、競業避止義務契約締結に際して考慮すべき点を以下のとおり挙げることができる。

ア 競業避止義務契約締結に際して最初に考慮すべきポイント
  • 企業側に営業秘密等の守るべき利益が存在する。
  • 上記守るべき利益に関係していた業務を行っていた従業員等特定の者が対象。
イ 競業避止義務契約の有効性が認められる可能性が高い規定のポイント
  • 競業避止義務期間が短期間(1年以内)となっている。
  • 禁止行為の範囲につき、業務内容や職種等によって限定を行っている。
  • 代償措置(高額な賃金等「みなし代償措置」といえるものを含む)が設定されている。
ウ 有効性が認められない可能性が高い規定のポイント
  • 業務内容等から競業避止義務が不要である従業員と契約している。
  • 職業選択の自由を阻害するような広汎な地理的制限をかけている。
  • 競業避止義務期間が長期間(2年超)にわたっている。
  • 禁止行為の範囲が、一般的・抽象的な文言となっている。
  • 代償措置が設定されていない。
エ 労働関係法令との関係におけるポイント
  • 就業規則上の規定、個別合意等の根拠を整備すること。
  • 当該就業規則について、入社時の「就業規則を遵守します」等といった誓約書を通じて従業員の包括同意を得るとともに、十分な周知を行う。

(4)義務違反がある場合の差止め要件

上述した判断枠組みにしたがって、義務違反が認められる場合、従業員の義務違反行為に対する差止め又は義務違反によって生じた損害の賠償の請求が認められ得る。ただし、裁判例の中には、このうち前者の差止めについて、元使用者の営業上の利益が侵害されるか、そのおそれがある場合に限って認められるという要件を課しているもの(東京地決平成7年10月16日労判690号75頁など参照)も存在する。

(5)競業避止義務違反による退職金の減額不支給

判例は、企業が労働者(従業員)に対し退職後の同業他社への就職をある程度の期間制限することをもって直ちに労働者の職業の自由等を不当に拘束するものとは認められず、したがって、会社がその退職金規程において、競業制限に反して同業他社に就職した退職従業員に支給すべき退職金につき、その点を考慮して、退職金の減額する規定にも合理性があるとしている。これは、退職金が賃金の後払い的性格を持つとともに、功労報償的性格をあわせ持つと解されるため、功労を抹消するような行為について退職金を減額・不支給(没収)する条項も合理性があると考えられているためである。

ただし、このような退職金の減額・不支給は、同業他社への就職を制約するものであるため、労働者の職業選択の自由との関係が問題となる。すなわち、退職金の減額・不支給が適用になるのは、競業規制の内容(競業規制の期間、態様、減額率)について合理的な範囲に限定されるのである1。合理的でない場合には、条項が無効とされよう。

また、理論的には、支払済みの場合退職金返還請求も可能である。もっとも、退職金減額・不支給のメリットとしては、あらかじめ退職金を押さえてしまうことで、損害賠償請求を行う手間を省けるところにあるので、一度支払ってしまった退職金を取り戻すことができると考えることにどれほどのメリットがあるか疑問ではある。したがって、特に秘密に触れる業務に従事する従業員が退職を申し出たような場合には、退職金を支払う前に当該従業員に関し十分慎重に調査するなどの対応が求められよう。その対策の一例としては、秘密を取り扱う企業である場合、十分調査できるように支給日に余裕をもたせた退職金制度を設計しておくなどの方法も考えられよう(また、退職金相当額の違約金の約定を取り付けておく等の対策も検討されるべきである。なお、この場合、労働契約の不履行に対する違約金の定めではないので労働基準法第16条の問題は生じない)。

なお、退職金の不支給・減額が認められない場合として、業務実績に応じて額が機械的に積算されるような方式(ポイント式退職金制度)や、退職金相当額を毎月前払で支払ってもらうか退職時に積み立てた額を支払ってもらうか従業員が選択する方式(退職金前払選択制度)が採用されている場合が挙げられる。このような制度の下では、賃金後払的性格が強く功労報償的性格は認められないとして、退職金の減額・不支給は否定されるとする裁判例がある。また、選択的な制度を採用している企業において退職一時金を選択した従業員に対してのみ、制裁措置として退職金を減額・不支給にすることは、公平さを欠き許されないと考えられる。

(6)参考:秘密保持義務、競業避止義務等の比較

Q32で説明した秘密保持義務の定めによる方法は、従業員による情報漏えいそれ自体を禁止対象としているのに対し、競業避止義務の定めによる方法は、情報漏えいにつながり得る行為を広く禁止対象としている。このように、後者の手法は前者の手法と比べて禁止対象が広く、それだけ従業員の退職後の職業選択の自由に対する制約の度合いが大きいため、定めの有効性の判断が、より厳格なものとなる。すなわち、一般的にいえば、前者の手法の方が、後者の手法よりも、その有効性を認められやすい(より一般的にも、禁止される行為の範囲が絞り込まれていた方が、定めの有効性を認められやすいといえる)。

次に、退職金の減額等による方法は、退職した従業員の行為を直接的に禁止する(差止める)効果をもたらすものではないが、その反面、定めの効力等が認められた場合、企業側には従業員の行為によって被った具体的損害の額に関わりなく一定の額の金銭を従業員に請求できる(あるいは一定の範囲で退職金支払を免れる)というメリットがある。企業としては、このような各手法の特質及びその相違を考慮しつつ、自企業においてどのような定めを設けるべきかを判断すべきである。なお、これらの手法のうち複数のものを併用することは差し支えなく、実際にもそのような例は多い。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 労働契約法第7条、第9条、第10条、第12条など
  • 民法第90条
  • 秘密情報保護ハンドブック 参考資料5 競業避止義務契約の有効性について
  • 労働基準法第16 条、第24 条、第89 条第3 号の2

4.裁判例

退職後の競業避止義務の効力については本文中に記載のとおり

競業避止義務違反による退職金の減額不支給については以下のとおり

  • 最判昭和52年8月9日労経速958号25頁
  • 名古屋高判平成2年8月31日労判569号37頁
  • 大阪高判平成10年5月29日労判745号42頁
  • 名古屋地判平成6年6月3日労判680号92頁

[1]

菅野和夫『労働法』(弘文堂、第11版補正版、平成29年)423頁等参照

Q34 退職後の海外での秘密保持義務違反行為について

元従業員・元役員による海外における秘密情報の不正使用・不正開示行為については、どのような対策があり得るか。退職後の秘密情報流出防止を目的とした秘密保持義務契約は有効か。また、当該義務違反時にどのような措置を取り得るか。

タグ:不正競争防止法、民事訴訟法、産業競争力強化法、法の適用に関する通則法、秘密保持義務、競業避止義務、情報漏えい、人材を通じた技術流出、懸念国

1.概要

企業から退職等した元従業員・元役員が、当該企業の秘密情報を海外において不正に使用する行為や不正に開示する行為については、秘密保持義務契約(守秘義務契約)違反若しくは不正競争防止法違反を主張して争う、又は営業秘密侵害罪の適用を求めて警察・検察に相談するという措置を取り得る。

もっとも、海外における裁判の利用には様々な論点が存在するため、秘密保持義務契約を反故にされても、技術的又は物理的に秘密情報が使用されたり漏えいしたりしないようにするためのサイバーセキュリティ対策が重要といえる。

2.解説

(1)海外における秘密保持義務違反行為とは

かねてより人を通じた技術流出が指摘されている1。そこで、企業では、秘密情報のこのような流出の防止を目的として、退職後の秘密情報の使用・開示を禁止する内容の、就業規則(包括的合意)を規定したり、誓約書等(個別の合意)を従業員・役員に提出させたりする場合がある2

本項においては、このように就業規則や誓約書等を通じて秘密保持義務契約を締結した従業員・役員が企業を退職・退任又は解雇・解任された後、海外で秘密保持義務の対象となっている秘密情報の不正使用・不正開示を行った場合について解説する。

(2)海外における秘密保持義務違反行為のパターンについて

元従業員・元役員が海外(仮にA国とする)において従前所属し又は勤めた企業の秘密情報を不正に使用・開示する場合を整理すると、

  1. 日本で労務提供・職務執行していた場合に、
    1. 日本本社との間で退職・退任前に秘密保持義務契約を締結するとき
    2. 日本本社との間で退職・退任後に秘密保持義務契約を締結するとき
  2. 海外(仮にB国とする)の支店において労務提供・職務執行していた場合に、
    1. 日本本社との間で退職・退任前に秘密保持義務契約を締結するとき
    2. 日本本社との間で退職・退任後に秘密保持義務契約を締結するとき
  3. B国にある海外子会社で労務提供・職務執行していた場合に
    1. 海外子会社との間で退職・退任前に秘密保持義務契約を締結するとき
    2. 海外子会社との間で退職・退任後に秘密保持義務契約を締結するとき

の6つに大きく分類される。

図1 海外における秘密保持義務違反行為の設例の概要

海外における秘密保持義務違反行為の設例の概要

(3)国際私法(抵触法)及び準拠法について

このような場合、どの国・地域の裁判所が管轄権を有するのかという国際裁判管轄の問題3に加えて、日本の法令が適用されるのか、A国の法令が適用されるのか、又はB国の法令が適用されるのかといったような、どの国・地域の法令によるべきかという問題が生じる。

このような渉外的私法関係に適用すべき私法を指定する法規が国際私法である4。そして、渉外的私法関係に適用すべく指定される実質法のことを準拠法という5

我が国における代表的な国際私法としては、法例(明治31年法律第10号)を全部改定する形で制定された「法の適用に関する通則法」(平成18年法律第78号。法適用通則法)6が挙げられる。

(4)設例に関する検討

ア A国において争う場合について

秘密情報が実際に使用されているA国において、元従業員・元役員による秘密情報の開示行為又は使用行為を差し止めたり損害賠償を請求したりしようとする場合、①A国の裁判所又は裁判外紛争手続を利用する、②日本の裁判所で得た判決をA国で承認してもらい執行する、という2つの選択肢が考えられる。

また、請求の相手方としては、元従業員・元役員のみならず、不正開示先又は不正使用先(たとえば、元従業員・元役員の再就職先や自らが設立した企業など)を相手方とすることも考えられる。留意すべきは、秘密保持義務契約の相手方は元従業員・元役員であるため、秘密保持義務違反に基づく主張は、元従業員・元役員を相手方とする場合に限られることである。不正開示先・不正使用先を相手方にしようとするときは、日本の不正競争防止法違反、又はA国・当該地域の営業秘密に関する法令や不法行為を規定する法令等の違反を主張する必要がある。

(ア)A国の裁判所を利用するとき

まず、A国の裁判所を利用しようとするときには、当該裁判所の管轄権の有無が判断されなければならない。

その上で、元従業員・元役員を相手方とするならば、秘密保持義務違反で争うことが考えられる。この場合、A国の国際私法に則って、準拠法が判断された上、秘密保持義務契約の有効性が判断されることになる。そこで、仮に、秘密保持義務契約において準拠法を日本国法とする旨の準拠法の指定に関する合意がなされていたとしても、A国の国際私法によれば、秘密保持義務契約における準拠法の指定は許されないと判断される可能性もある。

加えて、準拠法はA国又は該当地域の法令であると判断された場合に、A国・当該地域の法令に基づくと従業員・役員との秘密保持義務契約は無効と判断されることもある。

次に、元従業員・元役員又は不正開示先・不正使用先を相手方として、日本の不正競争防止法違反、又はA国・当該地域の営業秘密に関する法令違反を主張して争うことが考えられる。

A国の裁判所等において日本の不正競争防止法違反を主張できるかは、A国の国際私法によることとなる。

また、A国・当該地域の営業秘密に関する法令違反を主張する場合には、当該法令の調査・検討を要することとなる。

(イ)日本の裁判所で得た判決をA国で執行しようとするとき

まず、日本の裁判所で判決を得る必要があるが、この場合の論点等については、下記イ(ア)及び(イ)を参照されたい。

その上で、日本国の判決がA国において承認され執行されるかという国際手続法に関する検討が必要となる(下記イ(ウ)と同じ論点である。)。

イ 日本において争う場合

日本の裁判所において、秘密保持義務違反又は不正競争防止法違反を主張して争い、そこで得た判決をもってA国において執行しようとする場合については、以下の論点が考えられる。

(ア)秘密義務契約違反を主張する場合

日本の裁判所の管轄権の有無は、民事訴訟法第3条の3第1号に基づき判断されると考えられる7

仮に管轄権が日本の裁判所にあると判断された場合、次に、準拠法が問題となる。準拠法については、上記(3)のとおり、日本においては法適用通則法が規定している。具体的には、同法は、「法律行為の成立及び効力」についての準拠法を規定しているところ、元従業員・元役員に対し秘密保持義務違反に基づいてA国における秘密情報の不正使用・不正開示を差し止めたり、損害賠償請求をしたりできるかという点については、「法律行為の…効力」の問題と考えられる。

法律行為の効力に関する準拠法について、同法は、まずは当事者の選択によることとしており(同法第7条)、当事者の選択がない場合についての基準も定めている(同法第8条)。そして、法律行為のうち消費者契約と労働契約については、それぞれ特例を定めている(同法第11条及び第12条)。

そこで、従業員・役員との間の秘密保持義務契約については、法適用通則法第12条の労働契約の特例により準拠法が決定されるのかという問題が生じる。すなわち、退職等する前に秘密保持義務契約を締結していたとしても、既に退職等しているのであれば、秘密保持契約は「労働契約」8に該当しないのではないかが問題となる。

この点、秘密保持義務契約ではないものの、競業避止義務契約については、学説上、労働契約の終了後に関するものであり、厳密な意味での労働契約には該当しないものの、労働契約と密接に関連し、当該合意を行う時点で当事者間の交渉力格差も認められることから、法適用通則法第12条の適用又は類推適用がなされると解されている9

他方、会社法上の役員については、そもそも企業に雇用されているのではなく委任契約であり(会社法第330条)、「労働契約」とはいえないため、法適用通則法第12条ではなく、当事者が準拠法の選択をしているか否か(第7条・第8条)の問題となると考えられる。すなわち、秘密保持義務契約において準拠法の指定がなければ、「当該法律行為に最も密接な関係がある地の法による」(法適用通則法第8条第1項)こととなる。

しかし、秘密保持義務違反に基づく差止請求における「当該法律行為に最も密接な関係がある地」はどこなのか、秘密保持義務契約の締結自体は、上記(2)に記載のとおり大きく6パターンに分けられるが、契約違反行為自体はA国で生じているため、「当該法律行為に最も密接な関係がある地」をどのように解すべきかという問題が生じると考えられる。また、秘密保持義務違反に基づく損害賠償請求については、契約違反に基づく損害賠償請求が「法律行為において特徴的な給付を当事者の一方のみが行うものである」といえるのであれば10、「その給付を行う当事者の常居所地法」が当該法律行為に最も密接な関係がある地の法と推定されると考えられる(法適用通則法第8条第2項)。なお、秘密保持義務違反に基づく損害賠償請求が不法行為に基づく損害賠償請求の要件も満たす場合には、同法第20条の「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」に該当し、結局、契約の準拠法によることとなると解される11

(イ)不正競争防止法違反を主張する場合

A国において元従業員・元役員により開示・使用されている秘密情報が「営業秘密」に該当するのであれば、元従業員・元役員又は不正開示先・不正使用先に対して不正競争防止法違反の主張をすることが考えられる。不正競争防止法は不法行為の特則であるから、日本の裁判所の管轄権の有無は、民事訴訟法第3条の3第8号に基づき判断されると考えられる12

仮に管轄権が日本の裁判所にあると判断された場合、次に、上記(ア)同様、準拠法が問題となる。不正競争の準拠法決定は、不正競争における被侵害利益が多様であることを理由に法適用通則法の立法時に見送られたため13、法適用通則法には明文の規定がない。

そこで、法適用通則法第17条説、第20条(最密接関係地がある場合の例外)説又は条理に基づく市場地法による説といった解釈論が展開されている1415。また、裁判例としては、法適用通則法第17条(法例第11条)によるもの、明文の規定ではなく条理によるもの、根拠を示すことなく日本法を適用したものに分類されるという1617

(ウ)A国において判決を執行する場合

上記(ア)又は(イ)の各論点をクリアして日本国の判決を得た場合、日本国の判決がA国において承認され執行されるかという国際手続法に関する検討が必要となる18

(5)刑事的措置について

平成27年不正競争防止法改正により、国外犯処罰の規定について、従前「日本国内において管理されていた営業秘密」との定めが「日本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密」と改正され19、対象となる営業秘密の範囲が明確化ないし拡大されたとともに、国外における不正取得行為も対象行為として追加され、国外犯処罰規定の範囲が拡大された(不正競争防止法第21条第6項)。また、下記図2のとおり、海外重罰規定も設けられた(不正競争防止法第21条第3項。)。

そこで、これら規定の適用を求めて、警察・検察に相談するという手段もある20

図2 海外重罰規定の内容21

海外重罰規定の内容

(6)サイバーセキュリティ対策について

上記のとおり、退職後にも秘密保持義務を負わせる契約が従業員・役員と締結されていた場合であっても、海外における元従業員・元役員による秘密情報の不正使用・不正開示を裁判等において差し止めるためには様々な論点に対応する必要が生じ得る。

そこで、例えば、元従業員・元役員に付与していた秘密情報への電磁的なアクセス権限を直ちに停止する、退職等の前に秘密情報の不正な持ち出しがないか技術的に確認するといったようなサイバーセキュリティ対策が重要であるといえる。加えて、従業員・役員に対し、秘密情報を持ち出していないか、企業に対して不満がないか等について在職中に定期的に確認する、退職予定者に対しインタビューするといったような対策も有用であるといえる。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 法適用通則法第7条、第8条、第12条、第17条、第20条
  • 民事訴訟法第1編第2章第2節
  • 不正競争防止法第21条第3項、第21条第6項

4.裁判例

本文に記載のとおり


[1]

「平成24年度 経済産業省委託調査 人材を通じた技術流出に関する調査研究 報告書」(平成25年4月。本体は、https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/houkokusho130319.pdf。別冊『「営業秘密の管理実態に関するアンケート」調査結果』は、https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/H2503chousa.pdf。)

[2]

なお、誓約書の徴収についてはQ26参照。また、退職後の秘密保持義務及び競業避止義務の効力については、Q32~Q34を参照されたい。

[3]

我が国においては、民事紛争のうち財産権上の訴えについては、民事訴訟法および民事保全法に国際裁判管轄に関する規定が設けられている(法務省民事局総務課長小出邦夫編著「逐条解説法の適用に関する通則法〔増補版〕」449頁(商事法務、平成26年12月))。

[4]

山田鐐一「国際私法 第3版」2頁(有斐閣、平成16年12月)。なお、法律の抵触を解決する法という意味で、国際私法は往々抵触法とも呼ばれ、また、狭義の国際私法と、国際民事訴訟法ないし国際手続法を含めた広義の国際私法という概念がある(同3頁)。

[5]

前掲注4「国際私法」2頁

[6]

法例においては「法律」との文言であったところ、法適用通則法は、外国法、慣習法、判例法などを含む私法一般という意味で「法」という文言にかえられている(櫻田嘉章=道垣内正人「注釈国際私法 第1巻 §§1~23」66頁(平成23年12月、有斐閣))。

[7]

民事訴訟法第3条の3第1号は、「契約上の債務の履行の請求を目的とする訴え…契約上の債務の不履行による損害賠償の請求その他契約上の債務に関する請求を目的とする訴え」については、「契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき、又は契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるとき」は、日本の裁判所に提起することができる旨を規定する。

[8]

法適用通則法上、「労働契約」の定義が明示されていないものの、「労働契約」とは、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを約する契約と解されるとされる(前掲注6「注釈国際私法」275頁)

[9]

前掲注6「注釈国際私法」277頁

[10]

「特徴的給付の理論」とは、ある契約を他の種類の契約から区別する(特徴付ける)基準となる特徴的な給付を当事者の一方のみがする場合に、その当事者の所在地をその契約と最も密接に関係する地とする考え方である(前掲注3「逐条解説法の適用に関する通則法〔増補版〕」108~109頁)。

[11]

前掲注3「逐条解説法の適用に関する通則法〔増補版〕」232~237頁)

[12]

民事訴訟法第3条の3第8号は、「不法行為に関する訴え」については、「不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)」は、日本の裁判所に提起することができる旨を規定する。

[13]

前掲注6「注釈国際私法」450頁

[14]

前掲注6「注釈国際私法」450~451頁

[15]

法規欠缺の場合の裁判事務処理の方法として、まず慣習により、慣習なきときは条理によるとされる(前掲注6「注釈国際私法」51頁)。

[16]

嶋拓哉「日本法人保有の情報の使用及び開示の差止等請求と不競法」(私法判例リマークス59-142)

[17]

なお、近時の裁判例としては、海外で不正開示された営業秘密を海外で取得した日本法人に対して(不競法第2条第1項第8号)、当該営業秘密の日本における使用・開示の差止め等を求めた日本法人間の事案において、知財高判平成30年1月15日判タ1452号80頁があるが、日本法人の日本での使用・開示が問題になった事案であり、本項の設例のように、海外での使用・開示が問題となった事案ではない。

[18]

なお、上記設例とは逆であるが、日本において技術の不正開示・使用をされたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求及び当該不正使用行為等の差止請求を認容した米国判決を日本で執行しようとした場合については、最決平成26年4月24日民集68巻4号329頁を参照されたい。

[19]

正しくは、平成27年改正では、「日本国内において事業を行う保有者の営業秘密」との改正内容であったところ、「限定提供データ保有者」という定義規定が創設された平成30年改正によって、「日本国内において事業を行う営業秘密保有者の営業秘密」と「営業秘密」が加えられたものである。

[20]

都道府県警本部に営業秘密保護対策官が置かれていることについては、Q20参照。また、全国都道府県警察営業秘密侵害事犯窓口については、右記資料19頁参照(経産省知的財産政策室「秘密情報の保護ハンドブックのてびき;情報管理も企業力」https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/170607_hbtebiki.pdf)。

[21]

経産省知的財産政策室「平成27年不正競争防止法の改正概要(営業秘密の保護強化)」7頁(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/27kaiseigaiyou.pdf