Q43 電子契約実務と電子署名法
近年、契約業務の電子化が進んでいるが、電子契約は可能か。また電子契約を行うにあたり関連する法令はどのようなものであり、また、企業はどのような点に留意すべきか。
タグ:電子署名法、電子署名法施行規則、民事訴訟法、電子帳簿保存法、電子帳簿保存法施行規則、電子契約、文書の成立の真正
1.概要
電子的な契約も可能だが、民事訴訟において証拠として利用できるようにするためには、電子署名が重要となる。電子署名法第3条の要件を満たす電子署名が付された電子契約は、その電磁的記録の真正な成立の推定が働くことから、文書作成者の印章による押印がある紙の契約書と同様の効力を有する。他方、電子署名法第3条の要件を満たさない電子署名が付された電子契約は、その電磁的記録の真正な成立の推定は働かない。しかしながら、自ら、当該電子署名の本人性と非改ざん性が担保されていることを立証できれば、結果として、紙の契約書と同様の効力を有する。
また、電子契約の保存との関係において、電子帳簿保存法の規定に留意する必要がある。電子契約において、時刻認証業務認定事業者のタイムスタンプが付されない場合には、「電子取引データの訂正及び削除の防止に関する事務処理規程」を定め、当該規程に沿った運用を行うことが必要になる。また、関係書類の備付け、見読性の確保及び検索機能の確保の要件を満たす必要がある。
2.解説
(1)電子契約
契約は、一般に、口頭でも契約可能であり、書面の契約書がなければ契約が成立しないわけではない(民法第522条第2項)。売買契約を例にすると、店頭で商品を購入する際は、契約書を交わさない場合がほとんどである。ネットショッピングの場合も、買い物かごに入れて注文する形式が多く、契約書等は交わさない場合が多い。
もっとも、何か問題が発生した場合等には、契約が成立しているかどうか、どのような条件で契約が成立しているのか等に争いが生じることもあり、契約書面で確定していることが重要となってくる。そこで実務上、重要な契約では書面の契約書を交わすことが多い。ただし、契約は書面ではなくICTを利用して電子的に契約することも可能である。
(2)文書証拠の形式的証拠力
民事裁判において文書を証拠とするためには、その文書の成立が真正であること、すなわち、その文書が作成者の意思に基づいて作成されたことが必要である(民事訴訟法第228条第1項)。これを形式的証拠力という。
契約書等の私文書に関しては、私文書に顕出された印影と作成名義人の印章が一致することが立証されれば、当該印影は、当該作成名義人の意思に基づき押印されたものと事実上推定される(最判昭和39年5月12日民集18巻4号597頁)。そして、私文書の作成者が、その意思に基づいて当該私文書に署名又は押印をした場合には、当該私文書全体がその意思に基づいて作成されたものと推定される(同条第4項)。この2段階の推定を、二段の推定という1。
もっとも、署名及び押印がない等の理由により二段の推定が働かない場合でも、文書の成立の真正を他の方法により直接立証することが可能である(大判昭和6年1月31日)。
(3)電子データの形式的証拠力
民事裁判において電子データの意味内容を証拠資料とする場合にも、その成立の真正(=本人の意思に基づき作成されたこと)を証明する必要がある。これは契約を電子的に行った場合に契約内容を証拠としたい場合に限らず、あらゆる電子データについてあてはまる。一定の要件を満たす電子署名が行われた電子データについては、真正に成立したものと推定される(電子署名法第3条)。つまり、同条の要件を満たす電子署名がなされていれば、文書に署名又は押印があるのと同様の効果が得られる2。
もっとも、同条の要件を満たさない場合であっても、電子データの成立の真正を他の方法により直接立証することも可能と考えられる。
(4)電子契約の有効性と電子署名法
ア 電子署名法第3条の要件を満たす電子署名と電子契約
(ア)電子署名法第3条の要件
総務省・法務省・経産省「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法第3条関係)」(以下「3条QA」という。)によれば、電子署名法第3条の規定が適用されるためには、次の要件が満たされる必要がある。
- 電子文書に同条に規定する電子署名が付されていること。
- 上記電子署名が本人(電子文書の作成名義人)の意思に基づき行われたものであること。
そして、上記①を満たすためには、(a)当該電子署名が同法第2条に規定する電子署名に該当するものであることに加え、当該電子署名「を行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるもの」に該当するものでなければならない。
(イ)電子署名法第2条に規定する電子署名(上記①(a))
電子署名法第2条第1項は、「電子署名」を、電磁的記録に記録することができる情報について行われる措置であって、以下の要件のいずれにも該当するものをいうと定めている。
- 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること(本人性)
- 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること(非改ざん性)
近時、電子契約の締結においては、「サービス提供事業者が利用者の指示を受けてサービス提供事業者自身の署名鍵による電子署名を行う電子契約サービス」(総務省・法務省・経産省「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」(以下「2条1項QA」という。))(以下このような形態のサービスを「利用者指示型サービス」という。)3の利用が拡大している。利用者指示型サービスは、利用者が「当該措置を行った者」(上記(i))と評価できるのかが問題となるところ、2条1項QAによれば、「当該措置を行った者」に該当するためには、必ずしも物理的に当該措置を自ら行うことが必要となるわけではないとしている。利用者指示型サービスであっても、技術的・機能的に見て、サービス提供事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたものであることが担保されているものであり、かつサービス提供事業者が電子文書に行った措置について付随情報を含めて全体を1つの措置と捉え直すことによって、当該措置が利用者の意思に基づいていることが明らかになる場合には、「当該措置を行った者」はサービス提供事業者ではなく、利用者と考えられる。
(ウ)電子署名「を行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるもの」(上記①(b))
3条QAによれば、電子署名「を行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるもの」の要件が設けられているのは、電子署名法第3条の推定効を生じさせる前提として、暗号化等の措置を行うための符号について、他人が容易に同一のものを作成することができないと認められること(以下「固有性の要件」という。)が必要だからであり、利用者指示型サービスが上記要件を満たすためには、利用者とサービス提供事業者の間で行われるプロセス4及び当該プロセスにおける利用者の行為を受けてサービス提供事業者内部で行われるプロセス5のいずれにおいても十分な水準の固有性が満たされている必要がある。
(エ)電子署名が本人(電子文書の作成名義人)の意思に基づき行われたものであること(上記②)
3条QAによれば、上記②の要件は、電子署名法第3条が「本人による」電子署名であることを要件としていることから導かれるものである。電子署名についても、文書に関する二段の推定の一段目の推定6と同様、電子署名の一致7があれば、電子署名が電子文書の作成名義人の意思に基づき行われたものであることが推定されるのかどうかが問題となるところ、この点については裁判例はなく、確立された見解はない。
イ 電子署名法第3条の要件を満たさない電子署名と電子契約
電子署名が電子署名法第3条の要件を満たすものではない場合でも、作成された電磁的記録の真正な成立の推定が否定されるにとどまり、これにより、当該電子署名が行われた電子契約の証拠としての有効性が否定されるものではない。同条の要件を満たさない電子署名が行われている電子契約であっても、その真正な成立を直接立証することができれば、その契約内容を訴訟資料とすることが可能である8。
(5)電子保存と電子帳簿保存法
契約締結業務を電子化する場合、締結後の契約を電子保存することも検討されることが多い。その場合には、税法上の帳簿書類の保存義務との関係で、電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律(以下「電子帳簿保存法」という。)の要件を満たす必要がある。
電子契約は、「電子取引」(同法第2条第1項第5号)9とされ、所得税を納税する個人事業者や法人税を納税する企業が電子取引を行った場合、財務省令で定めるところにより、その電磁的記録を保存しておく必要がある(同法第7条)。ただし、令和5年12月31日までに行う電子取引については、保存すべき電子取引データを書面に出力して保存し、税務調査等の際に提示又は提出ができるようにしている場合は、電磁的記録を保存していなくとも差し支えない10。
そして、「財務省令」とは同法施行規則を指すが、同施行規則第4条第1項が、電磁的記録を保存するに当たって充足すべき要件をまとめている。その内容は以下のとおりである。
- 以下のいずれかの措置を行う
- 当該電磁的記録の備付け及び保存に併せて、施行規則所定の関係書類の備付を行う。
- 当該電磁的記録の備付け及び保存の場所に、パソコン、プログラム、ディスプレイ、プリンタ及びこれらのマニュアルを備付け、当該電磁的記録をディスプレイ画面及び書面に、整然とした形式及び明瞭な状態で、速やかに出力することができるようにする。
- 当該電磁的記録について、検索機能(同規則第2条第6項第6号)13を確保する14。
上記①(d)に関して、正当な理由がない訂正・削除の防止に関する事務処理規程の例が、一問一答問24に掲載されているため参照されたい。
(6)外国における電子契約制度
外国企業との取引において電子契約を用いる場合等、企業が外国法に準拠して電子契約を締結することも少なくない。多くの国では既に法令上電子契約の使用が認められているが、実際に外国法に準拠して電子契約を締結する際には、当該外国法の内容を慎重に検証する必要がある。
例えば、EUにおける電子契約に関する主な法規制として、平成26年7月に成立し、平成28年7月に発効した、eIDAS(electronic Identification and Authentication Services)規則があり、eIDAS規則は、現在、EUにおける電子署名及び電子シール等に関する最も重要な法的枠組みとして機能している。
eIDAS規則では、一定の要件を満たすデバイスを使用して生成され、かつ一定の要件を満たす証明書による裏付けがなされた「適格電子署名」15は「手書署名と同じ法的効力を有する」16。ただし、手書署名の法的効力は加盟国ごとに異なり得るため、「適格電子署名」がEUで統一的な効力を持つとは限らない点に注意が必要である。また、eIDAS規則は、電子署名の証明力について規定していないため、証明力も加盟国法ごとに異なり得る点にも注意が必要である。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
本文中に記載のとおり
4.裁判例
本文中に記載のとおり