Q3 内部統制システムとサイバーセキュリティとの関係
内部統制システムとサイバーセキュリティの関係はどのようなものか。
タグ: 会社法、内部統制システム、リスク管理体制、事業継続計画(BCP)、グループ・ガバナンス・システム、CSIRT、モニタリング
1.概要
会社におけるサイバーセキュリティに関する体制は、その会社の内部統制システムの一部といえる。取締役の内部統制システム構築義務には、適切なサイバーセキュリティを講じる義務が含まれる。
具体的にいかなる体制を構築すべきかは、一義的に定まるものではなく、各会社が営む事業の規模や特性等に応じて、その必要性、効果、実施のためのコスト等様々な事情を勘案の上、各会社において決定されるべきである。また、取締役会は、サイバーセキュリティ体制の細目までを決める必要はなく、その基本方針を決定すればよい。
2.解説
(1)内部統制システムの概念とサイバーセキュリティ
後掲の各裁判例によれば、内部統制システムとは「会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制」と定義される。大会社1、監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社においては、取締役会(取締役)は、内部統制システムの構築に関する事項を決定しなければならないこととされている(会社法第348条第3項第4号、第4項、第362条第4項第6号、第5項、第399条の13第1項第1号ハ、第416条第1項第1号ホ)。それ以外の会社であっても、内部統制システムの構築に関する事項を決定しない場合に、そのことが、取締役の善管注意義務、忠実義務違反となる場合がある。会社の事業継続にとってサイバーインシデントが及ぼす影響が看過できない状況下においては、この「リスク」の中に、サイバーセキュリティに関するリスクが含まれ得るため、リスク管理体制の構築には、サイバーセキュリティを確保する体制の構築が含まれる。
同体制の構築に当たっては、サイバーインシデントを未然に防止するための方策や方針(セキュリティポリシー)の策定に加え、事業継続に関する悪影響を最小化するための事業継続計画(BCP2)を策定する3ことも考えられる。
このように、サイバーセキュリティを確保する体制は、内部統制システムに含まれる。
(2)会社法の内部統制システム
会社法は、大会社、監査等委員会設置会社及び指名委員会等設置会社について、内部統制システムの構築の基本方針を取締役又は取締役会が決定すべきことを明文の義務としている(会社法第348条第3項第4号・4項、第362条第4項第6号・5項、第399条の13第1項1号ハ、第416条第1項第1号ホ)。これらの規定は、善管注意義務から要求される内部統制システム構築の基本方針決定義務を明文化したものである。決定すべき内部統制システムは、類型に分けて列挙されている。その中には、①法令等遵守体制、②損失危険管理体制、③情報保存管理体制、④効率性確保体制、⑤企業集団内部統制システム等が含まれる(前記引用の会社法各条及び会社法施行規則第98条第1項、第2項、第100条第1項、第110条の4第2項、第112条第2項)。サイバーセキュリティに関するリスクが、会社に重大な損失をもたらす危険のある場合には、②の損失危険管理体制(損失の危険の管理に関する規程その他の体制をいう)に該当するため、取締役はその基本方針を決定しなければならない。
また、サイバーセキュリティインシデントに伴って漏えい、改ざん又は滅失(消失)若しくは毀損(破壊)の対象となる情報の保存と管理に関するセキュリティは③の情報保存管理体制(取締役の職務の執行に係る情報の保存及び管理に関する体制をいう)の問題となるほか、個情法など法令が情報の安全管理を要求しているような場合には、①の法令等遵守体制(取締役及び使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制をいう)の問題にも該当するだろう。
この点に関して、持株会社の子会社から顧客等の個人情報の管理について委託を受けていた持株会社の他の子会社の再委託先の従業員が当該個人情報を不正に取得して売却した情報流出事故に関して、持株会社の株主が、内部統制システムの構築等に係る取締役としての善管注意義務違反があったなどと主張して、持株会社の取締役に対し、会社法第423条第1項に基づく損害賠償金を支払うよう求めた株主代表訴訟において、広島高裁は、持株会社及びその子会社からなる「グループにおいては、事業会社経営管理規程等の各種規程が整備され、それらに基づき、人事や事業計画への関与、グループ全体のリスク評価と検討、各種報告の聴取等を通じた一定の経営管理をし、法令遵守を期していたものであるから、企業集団としての内部統制システムがひととおり構築され、その運用がなされていたといえる。そして、会社法は内部統制システムの在り方に関して一義的な内容を定めているものではなく、あるべき内部統制の水準は実務慣行により定まると解され、その具体的内容については当該会社ないし企業グループの事業内容や規模、経営状態等を踏まえつつ取締役がその裁量に基づいて判断すべきものと解される」等と判示した4。
(3)取締役会が決定すべき事項
会社法は、「業務の適正を確保するための体制の整備」について取締役会が決すべきものとしているが、当該体制の具体的な在り方は、一義的に定まるものではなく、各会社が営む事業の規模や特性等に応じて、その必要性、効果、実施のためのコスト等様々な事情を勘案の上、各会社において決定されるべき事項である。
また、取締役会が決めるのは「目標の設定、目標達成のために必要な内部組織及び権限、内部組織間の連絡方法、是正すべき事実が生じた場合の是正方法等に関する重要な事項(要綱・大綱)5」でよいと解されている。
サイバーセキュリティに関していえば、当該体制の整備としては、「情報セキュリティ規程」「個人情報保護規程」等の規程の整備や、CSIRT(Computer Security Incident Response Team)などのサイバーセキュリティを含めたリスク管理を担当する部署の構築等が考えられる。
(4)企業集団における内部統制システム
会社法は、内部統制システムについて、会社単位での構築に加え、当該会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団(グループ)単位での構築を規定しており(会社法第348条第3項第4号、第362条第4項第6号、第399条の13第1項第1号ハ、第416条第1項第1号ホ、及び会社法施行規則第98条第1項第5号、第100条第1項第5号、第110条の4第2項第5号、第112条第2項第5号など)、すなわち、親会社の取締役(会)は、グループ全体の内部統制システムの構築に関する当該親会社における基本方針を決定することが求められており、子会社における①親会社への報告体制、②損失危機管理体制、③効率性確保体制、④法令等遵守体制などを含め、業務執行の中でその構築・運用が適切に行われているかを監視・監督する義務を負っている。
サイバーセキュリティに関していえば、親会社の取締役会において、子会社を含めたグループ全体を考慮に入れたセキュリティ対策について検討されるべきである6。特に、海外の子会社については、サイバーリスクの内容、現地の法規制及び対応実務が異なることも少なくないため、これらを考慮に入れた検討が必要となる。
(5)内部統制システムのモニタリング
取締役の善管注意義務には、上述のとおり内部統制システムの構築だけでなく、構築した後も環境変化を踏まえて内部統制システムが適切に機能しているか否かを継続的にモニタリングし、適時にアップデートすることも、その内容として含まれていると考えられている。平成26年の会社法改正の際には、その旨を明確化するため、内部統制システムの運用状況の概要を、事業報告の記載内容とすることが定められた(会社法施行規則第118条第2号)。
内部統制システムの運用状況をモニタリングする手段として、取締役(会)は内部監査の結果を活用することも考えられる(サイバーセキュリティに関する内部監査の役割についてはQ5を参照されたい。)。
(6)金融商品取引法の内部統制
金融商品取引法(昭和23年法律第25号)は、上場会社等について、財務報告に係る内部統制の有効性の評価に関する報告書(内部統制報告書)の作成及び開示を義務付けている。
(7)投資家と企業の対話ガイドライン
金融庁は、令和3年6月に、スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードが求める持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けた機関投資家と企業の対話において重点的に議論することが期待される事項を取りまとめた「投資家と企業の対話ガイドライン」7の改訂版を公表した。当該ガイドラインの1-3では、重点的に議論することが期待される事項として、SDGsなどと並んで、「サイバーセキュリティ対応の必要性・・・等の事業を取り巻く環境の変化が、経営戦略・経営計画等において適切に反映されているか」が挙げられている。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
- 会社法第348条第3項第4号・第4項、第362条第4項第6号・第5項、第399条の13第1項1号ハ、第416条第1項第1号ホ
- 会社法施行規則第98条第1項・第2項、第100条第1項、第110条の4第2項、第112条第2項、第118条第2号
- 金融商品取引法第24条の4の4、第25条第1項第6号、第193条の2第2項
- グループガイドライン
- 金融庁「投資家と企業の対話ガイドライン」
4.裁判例
内部統制システムの整備義務に関して、
- 大阪地判平成12年9月20日判時1721号3頁・判タ1047号86頁
- 金沢地判平成15年10月6日判時1898号145頁・労判867号61頁
- 名古屋高金沢支判平成17年5月18日判時1898号130頁・労判905号52頁
- 東京地判平成16年12月16日判時1888号3頁・判タ1174号150頁
- 東京高判平成20年5月21日資料版商事法務291号116頁
- 大阪地判平成16年12月22日判時1892号108頁・判タ1172号271頁
- 大阪高判平成18年6月9日判時1979号115頁・判タ1214号115頁
- 最判平成21年7月9日判時2055号147頁
- 広島高判令和元年10月18日(平成30年(ネ)第201号)