Q7 サイバーセキュリティインシデント発生時の当局等対応①
企業が保有するデータの漏えいをはじめとするサイバーセキュリティインシデントにあった場合に法的義務又はそれに準じるものとして必要な対応は何か。
タグ: 個情法、番号利用法、電気通信事業法、金融商品取引法、銀行法施行規則、漏えい等、報告義務、有価証券上場規程、認定個人情報保護団体、プライバシーマーク
1.概要
データの漏えいをはじめとするサイバーセキュリティインシデントが発生した場合に、一定の条件を満たす個人データの漏えい、滅失、毀損(以下「漏えい等」という。)があれば、個人情報取扱事業者は、個情法第26条に基づき、個情委への報告をしなければならず、また、本人に対して、当該事態が生じた旨を通知しなければならない12。さらに海外法令が適用される場合には、適用される海外法令に基づき、当局対応等が求められることがあり得る点にも留意が必要である3。
また、各重要インフラ分野においては、各々に適用される業法に基づき、サイバーセキュリティインシデント発生時の事故報告が求められることがある。
このほか、有価証券上場規程第402条等に基づく適時開示、金融商品取引法第24条の5第4項に基づき臨時報告書の提出が必要となる場合もある(Q6参照)。
2.解説
(1)個人データの漏えい等に関して必要となる対応
ア 個情法に基づく個人データ漏えい等の対応(第26条)
概要を述べると、個人データの漏えい等又はそのおそれのある事案(以下「漏えい等事案」という)が発生した場合、被害拡大防止、事実関係調査等の一定の対応が必要であり、個人の権利利益を害するおそれが大きい事態(以下「報告対象事態」という。)が発生した場合は個情委への報告、本人への通知が必要となる。以下、詳述する。
まず、漏えい等事案について述べると、個人データの「漏えい」とは、個人データが外部に流出することをいい、例えば社内の別の部署への誤送信は漏えいにあたらない。次に、「滅失」とは、個人データの内容が失われることをいい、個人データが格納された記録媒体の紛失などがこれに当たる(コピーがある場合は該当しない)。「毀損」とは、個人データの内容が意図せず変更されたり利用不能になったりすることをいい、例えばランサムウェアによる暗号化がこれに当たる(バックアップからデータを復元できる場合は該当しない)。
漏えい等事案が発生した場合、その内容に応じて、個情法ガイドライン(通則編)上、以下の措置を講じなければならないとされている45。
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事業者内部における報告及び被害の拡大防止
責任ある立場の者に直ちに報告するとともに、漏えい等事案による被害が発覚時よりも拡大しないよう必要な措置を講ずる。 -
事実関係の調査及び原因の究明
漏えい等事案の事実関係の調査及び原因の究明に必要な措置を講ずる。 -
影響範囲の特定
上記②で把握した事実関係による影響の範囲を特定する。 -
再発防止策の検討及び実施
上記②の結果を踏まえ、漏えい等事案の再発防止策の検討及び実施に必要な措置を速やかに講ずる。
次に、報告対象事態について述べると、個情法第26条では、次のケースが報告対象事態にあたるとされている。
- 要配慮個人情報が含まれる個人データ6の漏えい等
- 不正利用により財産的被害が発生するおそれがある個人データの漏えい等(クレジットカード番号など)
- 不正の目的をもって行われたおそれがある個人データの漏えい等(サイバー攻撃や従業員による情報持ち出しなど)
- 1,000人を超える個人データの漏えい等
- ①~④の「おそれ」
報告対象事態が発生した場合の個情委への報告は、速報と確報の二段階に分けて実施する必要がある。
速報は、報告対象事態を知った後、速やかに(個情法ガイドライン(通則編)によれば概ね3~5日以内)、概要や漏えい等した個人データの数などの報告事項7(個情法施行規則第8条、第10条参照)のうち、その時点で把握しているものを報告しなければならない。報告期限の起算点となる「知った」時点については、いずれかの部署が当該事態を知った時点を基準とするとされている。
確報は、報告対象事態を知った日から30日以内(サイバー攻撃等の場合は60日以内)に、報告事項を報告しなければならない。もっとも、サイバー攻撃等の場合には60日以内であっても確報を行うことが難しいケースも多いと考えられ、個情法ガイドライン(通則編)によれば、確報を行う時点において、合理的努力を尽くしたものの全ての事項を報告することができない場合は、確報を行った後で追完することも可能とされている。
次に、本人への通知については、状況に応じて速やかに行うこととされている。ただし、事案がほとんど判明しておらず、通知をしても本人のためにならず、かえって混乱が生じるような場合は、その時点では通知をしなくてもよいとされている。通知内容は、個情委への報告事項の一部であり、通知の方法は、文書の郵送、電子メールの送信等の様式に決まりはないが、本人に分かりやすい形での通知が望ましいとされている。また、本人への通知が困難である場合は、本人の権利利益を保護するために必要な代替措置を講ずることによる対応が認められる8。
イ 各分野における留意点
報告対象事態については、原則として個情委へ報告する必要があるが、分野や業種によっては、個情委から権限の委任を受けている府省庁に対する報告が必要となる9。
また、業法、分野別のガイドラインに基づく対応が必要となることもありうる。例えば、金融分野の事業者については、顧客情報の保護の観点から、金融分野の業法(銀行法第12条の2・銀行法施行規則第13条の6の5の2等)に基づき、その取り扱う個人顧客に関する個人データの漏えい等が発生し、又は発生したおそれがある事態を知ったときは、金融庁長官等に速やかに報告する必要があるとされている。具体的な対応は、①金融分野における個人情報保護に関するガイドライン、②金融分野における個人情報保護に関するガイドラインの安全管理措置等についての実務指針、③金融機関における個人情報保護に関するQ&Aに規定されている。
ウ 特定個人情報(個人番号をその内容に含む個人情報)の漏えい等
特定個人情報の漏えい等についても、番号利用法等により、個人データの漏えい等と同様、個情委への報告や本人への通知が必要となる報告対象事態が規定されており、例えば、①情報提供ネットワークシステム等に記録された特定個人情報又は個人番号利用事務・個人番号関係事務(これらについてはQ18を参照)を処理するために使用する情報システムで管理される特定個人情報の漏えい等、②不正の目的をもって行われたおそれのある行為による特定個人情報の漏えい等、③特定個人情報が、電磁的方法により不特定多数の者に閲覧された事態、④100人を超える特定個人情報の漏えい等が報告対象事態にあたるとされている(番号利用法第29条の4、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律第29条の4第1項及び第2項に基づく特定個人情報の漏えい等に関する報告等に関する規則第2条参照)。もっとも、報告対象事態に該当しない場合であっても、個情委に報告するよう努めることとされている(特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)別添2 3A参照)。
なお、特定個人情報の漏えい等事案が発覚した場合の、講ずべき措置や個情委への報告及び本人への通知については、個人データの漏えい等事案が発覚した場合と同様である。
エ 認定個人情報保護団体の対象事業者
認定個人情報保護団体とは、個情委の認定を受け、業界・事業分野ごとの個人情報等の適正な取扱いの確保を目的として所定の業務を行う法人であり、業界の特性に応じた自主的なルールとして、対象事業者に適用する個人情報保護指針を作成するよう努めなければならないとされている(個情法第54条)。例えば、後述するプライバシーマークの運用を担う一般財団法人日本情報経済社会推進協議会(JIPDEC)は、プライバシーマーク付与事業者をその対象事業者とする認定個人情報保護団体であり、個人情報保護指針も公表している10。
認定個人情報保護団体は、対象事業者において発生した漏えい等事案について自主的取組みとして、対象事業者から漏えい等事案の情報を受け付けることは有効であるとされている。また、必要に応じて、漏えい等事案の報告を受け付ける体制を確立し、実効的な指導・助言等を行うことが望ましいとされている11。ただし、個情委等への報告義務の対象となる漏えい等事案については、報告事項を個情委等が求める内容とできる限り一致させるなど、対象事業者の過度な負担とならないよう努める必要があるとされている(個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(認定個人情報保護団体編))。
このように、認定個人情報保護団体の対象事業者である場合は、当該団体の個人情報保護指針に基づき、漏えい等事案が発生した場合に当該団体に報告する必要が生じる可能性がある点に注意が必要である。
オ プライバシーマーク付与事業者
個人データの漏えい等が発生した事業者がプライバシーマーク(Pマーク)付与事業者(Q51も参照)である場合、プライバシー付与に関する規約第11条に基づき、契約上の義務として、事故等の発生に際して、可及的速やかにJIPDEC等の関係審査機関に報告しなければならない。同規約にいう「事故等」の範囲は、不正・不適正取得、目的外利用、不正利用といったものも含まれており、漏えい等に限られないため留意が必要である。
カ 海外法令
以上のほか、事業者が取り扱っている個人データについて海外法令が適用される場合には、当該法令に基づく当局対応が必要となる。例えば、GDPRが適用される場合は、個人データ侵害に関する監督機関への通知義務及び本人への通知義務が課される(Q84も参照)。
(2)セキュリティインシデントにおける事故報告制度 12
データ漏えいをはじめとするサイバーセキュリティインシデントが発生した場合には、業法に基づく事故報告が必要となる場合がある。例えば、電気通信事業者の場合には、通信の秘密の漏えいその他総務省令で定める重大な事故が発生した場合は、総務大臣に対して遅滞なく報告しなければならない(電気通信事業法第28条および同法施行規則第57条)13。
このように、業法においては、情報の漏えいを含む事故の発生時に所管省庁に対する報告義務が定められている場合がある。サイバーセキュリティインシデントが明文に含まれていないとしても、当該インシデントによって要件を充足する場合には報告が必要となる点に注意が必要である。
また、事業者による自発的な報告義務が定められていない場合であっても、特に許認可が必要となる事業に関しては、所管省庁が報告徴収の権限を有する法令が多い。このような場合、所管省庁が特定の事業者におけるサイバーセキュリティインシデントの発生を認識した場合には、報告を求めたり資料の提出を要求したりすることがありうる。
なお、この報告徴収の権限を根拠として省令・規則が定められるケースがある。例えば、電気通信事業に関して、総務省令として電気通信事業報告規則が定められており、電気事業に関して、経産省令として電気関係報告規則が定められている。前者に関しては、電気通信サービスの提供に支障を及ぼすおそれがある情報が漏えいした事故が発生した場合には、電気通信事業報告規則第7条の3に基づき、四半期報告が必要とされている。
(3)適時開示等
上場会社がサイバーセキュリティインシデントにあった場合には、有価証券上場規程第402条等に基づく適時開示、金融商品取引法第24条の5第4項に基づき臨時報告書の提出も検討する必要がある。これらについてはQ6を参照されたい。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
本文中に記載のとおり
4.裁判例
特になし