Q20 どのように情報を管理していれば「営業秘密」として認められるのか
サイバーセキュリティインシデントが発生し、企業が秘密として取扱いたい情報が漏えいした場合に、民事裁判において当該情報の使用・開示の停止・中止を求める、若しくは損害賠償を請求する、又は刑事告訴して厳正に対処するためには、当該情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当する必要がある。どのように秘密情報を管理していれば、「営業秘密」として認められるのか。
タグ:不正競争防止法、刑事訴訟法、関税法、営業秘密、秘密管理性、有用性、非公知性
1.概要
企業において秘密として取扱いたい情報が漏えいしたときに、当該情報を不正に開示した者や取得した者などを相手に当該情報の使用・開示の停止・中止や損害賠償を求めて裁判をするなどの法的保護を受けようとするのであれば、「営業秘密」の3要件を満たすように当該情報を管理することが必要である。詳しくは、営業秘密について不正競争防止法に基づく法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示す営業秘密管理指針を参照されたい。
2.解説
(1)「営業秘密」とは
「営業秘密」とは、一定の要件を満たした場合に不正競争防止法に基づく法的保護が与えられる情報をいう。
どのような情報が「営業秘密」に該当するかについては不正競争防止法第2条第6項が規定する。また、営業秘密に該当する情報に対する侵害(不正な取得・開示等)があった場合には、民事上、または刑事上の責任を追及することができる。
「営業秘密」は法律上の用語であるのに対し、これと似た用語である、秘密情報、機密情報や企業秘密(以下「秘密情報等」という。)については、法律上定義されたものではなく、組織内の規程や企業同士における契約において、一定の情報に用いられる呼称にすぎない。
このように、「営業秘密」と秘密情報等とは、法律に基づく保護を受け得るのか、又は規程・契約等の合意に基づく保護を受け得るのか、すなわち何かしらの違反行為があった場合に、不法行為責任若しくは刑罰を問えるのか、又は債務不履行責任を問えるのか、という点で大きく異なるものといえる。なお、両者は重なる場合もあり、決して択一の関係にあるわけではないが、「営業秘密」に該当しない秘密情報等については、不正競争防止法に基づく法的保護が受けられないことがポイントである。
なお、平成30年不正競争防止法改正により新しく創設された「限定提供データ」と営業秘密との異同については、Q23を参照されたい。
(2)「営業秘密」に該当した場合に受けられる法的保護の内容
大きく分けると民事的措置、刑事的措置及び水際措置である5。
民事的措置としては、営業秘密の不正な取得・使用・開示の停止・中止や削除を求める差止請求権(不正競争防止法第3条)、及び損害賠償請求権(同法第4条)である6。
刑事的措置としては、営業秘密侵害罪(同法第21条第1項各号等)が設けられている7ので、被害者は告訴を行うことができる(刑事訴訟法第230条)。なお、刑事的措置については、営業秘密の保護強化を図った平成27年不正競争防止法改正により、営業秘密侵害罪について告訴がなくても検察官は被疑者を起訴することができるようになり(非親告罪化され)、また、都道府県警本部に営業秘密保護対策官が置かれた8。営業秘密を侵害された企業においては、初動対応の一環として早急に警察に相談し、捜査開始後は警察と連携・協力していくことが重要である(「秘密情報保護ハンドブック」第6章参照)。
水際措置(水際取締り)9とは、税関での輸出又は輸入差止めをいい、営業秘密侵害品(不正競争防止法第2条第1項第10号)についての輸出入差止め(輸出について関税法第69条の2第1項第4号等、輸入について同法第69条の11第1項第10号等参照)をなし得る。
このように、ある情報が「営業秘密」に該当し、かつ、不正競争防止法が規定する要件を満たす不正な行為が行われた場合には、民事訴訟、刑事告訴又は輸出入差止めといった措置を取り得ることができる。なお、「営業秘密」に該当するか否かは、主に裁判所で判断されることとなる。
(3)「営業秘密」として認められるためには
企業が秘密として取り扱いたい情報が裁判において「営業秘密」(不正競争防止法第2条第6項)として認められるためには、①秘密管理性、②有用性、及び③非公知性の3つの要件を満たすことが必要である。
ア 秘密管理性
(ア)趣旨
「秘密として管理されている」(不正競争防止法第2条第6項)という要件は、「情報自体が無形で、その保有・管理形態も様々であること、また、特許権等のように公示を前提とできないことから、営業秘密たる情報の取得、使用又は開示を行おうとする従業員や取引相手先(以下「従業員等」という。)にとって、当該情報が法により保護される営業秘密であることを容易に知り得ない状況が想定される」ことを踏まえて定められたものである(営業秘密管理指針4頁~5頁)。
(イ)ポイント
秘密管理性が認められるためには、「営業秘密保有企業の秘密管理意思が秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある」とされる(営業秘密管理指針6頁~16頁)。
(ウ)裁判例
刑事事件であるが業務委託先の派遣労働者が被告人となった東京高判平成29年3月21日高刑集70巻1号10頁・判タ1443号80頁は、「不正競争防止法2条6項が保護されるべき営業秘密に秘密管理性を要件とした趣旨は、営業秘密として保護の対象となる情報とそうでない情報とが明確に区別されていなければ、事業者が保有する情報に接した者にとって、当該情報を使用等することが許されるか否かを予測することが困難となり、その結果、情報の自由な利用を阻害することになるからである」と解釈したうえで、当該情報にアクセスした者につき、それが管理されている秘密情報であると客観的に認識することが可能であることこそが重要であって、当該情報にアクセスできる者を制限するなど、当該情報の秘密保持のために必要な合理的管理方法がとられていることを独立の要件とみるのは相当ではないため、「本件顧客情報へのアクセス制限等の点において不備があり,大企業としてとるべき相当高度な管理方法が採用,実践されたといえなくても,当該情報に接した者が秘密であることが認識できれば,全体として秘密管理性の要件は満たされていたというべきである」と判示した。
イ 有用性
(ア)趣旨
「生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」(不正競争防止法第2条第6項)という要件は、「公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼がある」とされる(営業秘密管理指針16頁~17頁)。
(イ)ポイント
そこで、「秘密管理性、非公知性要件を満たす情報は、有用性が認められることが通常であり、また、現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではな」く、また、「直接ビジネスに活用されている情報に限らず、間接的な(潜在的な)価値がある場合も含む。例えば、過去に失敗した研究データ(当該情報を利用して研究開発費用を節約できる)や、製品の欠陥情報(欠陥製品を検知するための精度の高いAI技術を利用したソフトウェアの開発には重要な情報)等のいわゆるネガティブ・インフォメーションにも有用性は認められる」とされる。
また、特許制度における「進歩性」概念とは無関係であり、「当業者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない」とされる(営業秘密管理指針17頁)。
(ウ)裁判例
元従業員が技術情報等を持ち出したとして争われた事件(大阪高判平成30年5月11日(平成29年(ネ)第2772号)最高裁ウェブサイト10)において、控訴人(元従業員)は「ほとんどが古い情報であり、秘匿の必要性も有用性もない」と主張して争ったが、控訴審は、「情報が古いといっても、同種事業を営もうとする事業者にとっては有用であり、有用性を認めることができる」と判示した。
また、競業他社に転職した者が技術情報を退職前に持ち出して、退職後に開示したと争われた事件(名古屋高判令和3年4月13日(令和2年(う)第162号))において、控訴審は、最新の技術情報でなかったとしても競業他社が入手した場合に「試行錯誤の相当部分を省略できることに照らして」有用性を認めた。
ウ 非公知性
(ア)趣旨
「公然と知られていない」(不正競争防止法第2条第6項)とは、「一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないこと」(営業秘密管理指針17頁~18頁)を意味する。
(イ)ポイント
非公知性要件は、「発明の新規性の判断における「公然知られた発明」(特許法第29条)の解釈と一致するわけではない」ため、混同しないことが肝要である(営業秘密管理指針17頁~18頁)。
また、「ある情報の断片が様々な刊行物に掲載されており、その断片を集めてきた場合、当該営業秘密たる情報に近い情報が再構成され得る」としても「どの情報をどう組み合わせるかといったこと自体に価値がある場合は」「組み合わせの容易性、取得に要する時間や資金等のコスト等を考慮し、保有者の管理下以外で一般的に入手できるかどうかによって」非公知性を判断することになる(営業秘密管理指針17頁~18頁)。
(ウ)裁判例
投資用マンション顧客情報事件(知財高判平成24年7月4日(平成23年(ネ)第10084号・平成24年(ネ)第10025号)最高裁ウェブサイト11)の控訴審において、一審被告らは、「顧客の氏名や住所、電話番号、勤務先名・所在地が登記事項要約書やNTTの番号案内、名簿業者、インターネットから容易に入手することができる」と主張して非公知性を争ったが、控訴審は、「本件顧客情報は,単なる少数の個人に係る氏名等の情報ではなく」、原告が「販売する投資用マンションを購入した約7000名の個人に係る氏名等の情報であって、そのような情報を登記事項要約書やNTTの番号案内、名簿業者、インターネットで容易に入手することができないことは明らかである」と判示して、有用性とともに非公知性を認めた。
加えて、同事件において、被告らは、氏名や連絡先を記憶し、又はその一部を記憶していた情報に基づいてインターネット等を用いて連絡した顧客が多数であるから、自らが「利用した51名というごく一部の顧客に関する情報については有用性及び非公知性について事案に即した判断をしていない」と主張したが、控訴審は、「上記51名が上記約7000名の顧客に含まれるものであり、当該約7000名の顧客情報(本件顧客情報)に有用性及び非公知性が認められる以上、当該51名について個別に有用性又は非公知性について論ずる必要はない」とも判示した。
また、技術情報の非公知性に関する裁判例としては、「本件情報を構成する個々の原料や配合量が特許公報等の刊行物によって特定できるとしても、まとまりをもった体系的情報である本件情報の非公知性が失われることはない」と判示したものがある(上記イ(ウ)に記載の名古屋高判)。
(4)「営業秘密」として認められるための情報管理について
上記(3)に記載の3要件を満たした場合に「営業秘密」として認められることとなるが、特に「秘密管理性要件」に関しては、必要な管理の程度や具体的な秘密管理措置が、当該情報の性質、保有形態、情報を保有する企業等の規模等によって異なるため、合理的かつ効果的と考えられる対策を適切に取捨選択・工夫して実施することが重要である。
なお、秘密管理の詳細については、不正競争防止法によって差止め(使用・開示の停止・中止の請求又は削除の請求など)等の法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示す営業秘密管理指針を参照されたい。
このような営業秘密管理を行うことで、セキュリティリスクの低減につながる。また、内部不正といった相手方を特定し得るサイバーセキュリティインシデントが生じた場合には、営業秘密侵害罪(同法第21条第1項各号等)に該当すれば刑事罰も含めた厳正な対処を求めることができる。
もっとも、上記(2)のとおり、不正競争防止法に基づく法的保護は「営業秘密」の漏えい後(漏えいの恐れがある場合を含む。)に受けられるものであることから、営業秘密管理は、サイバーセキュリティインシデント発生後に法的な救済・制裁措置を取り得るようにすること(法的保護を受けるための条件を予め満たすこと)を目的とした情報管理といえる。しかしながら、相手方(被疑侵害者)を特定することが困難なサイバー攻撃のような場面ではこれら民事的措置や刑事的措置を取り得ることはきわめて難しいことに留意が必要である。
そこで、不正競争防止法に基づく法的保護を受けるために必要となる最低限のレベルにとどまらず、漏えい防止ないし漏えい時に推奨される(高度なものも含めた)包括的対策については、平成28年2月に公表され、令和4年5月に改訂された「秘密情報の保護ハンドブック」が参考となる(対策レベルの相違について下記図1も参照)。
図1 情報管理のレベルについてのイメージ12
秘密情報保護ハンドブックは、場所・状況・環境に潜む「機会」が犯罪を誘発するという犯罪学の考え方なども参考としながら、秘密情報の漏えい要因となる事情を考慮し、下記図2に挙げられる5つの「対策の目的」を設定した上で、それぞれに係る対策を提示するものである(同書17頁~18頁)13。なお、秘密情報保護ハンドブックの概略版である「秘密情報の保護ハンドブックのてびき」も公表されている14。
図2 秘密情報の保護ハンドブックの概要15
加えて、サイバーセキュリティ対策としては、Q21も参照されたい。
また、技術情報管理認証制度に関連して公示する認証基準(Q49参照)も、技術等情報の漏えい防止の対策をまとめている。
さらに、「営業秘密」として認められるための情報管理を行う対象の情報に個人情報が含まれる場合については、個情法が個人情報取扱事業者に対して安全管理措置を講ずることを求めている。詳細についてはQ10~Q15を参照されたい。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
本文中に記載のとおり
4.裁判例
本文中に記載したもののほか、