Q60 電子メールの誤送信
電子メールの誤送信や郵送送付先の誤り等、送信者側の過失により情報漏えいした場合、漏えい対策として、受信者に対して一定の要請(返却要請、削除要請、削除確認、現物確認等)を行うが、このような要請を受信者が拒否したため漏えい対策がとれずに二次被害が出た場合又はそのおそれがある場合、受信者に対して取り得る法的措置はあるか。
タグ: 不正競争防止法、民法、営業秘密を示された者、電子メール、誤送信
1.概要
初動対応として、まずは誤送信先に直ちに連絡し、送付した電子メールの削除等を求めることが重要である。誤送信した電子メールの受信者に対して、誤って送信された場合の「電子メール守秘文言」は、当事者間の合意ではなく一方的な条件等であるため、強制力を持たせることはできないことに留意が必要である。
誤送信された情報が不正競争防止法上の営業秘密に該当するときは、当該情報について信義則上許されない使用や開示が行われた場合は、当該受信者に不法行為責任が発生する可能性があるほか、誤送信電子メールの文面や受信者の業務等を総合的に考慮する必要はあるものの、受信者が、当該情報が送信者の営業秘密であることを認識した上で、当該情報を自ら使用し若しくは第三者に開示した場合又はそのおそれがある場合には、送信者は、不正競争防止法に基づき、受信者に対して、差止請求や損害賠償請求等の措置を講じられる可能性がある。
2.解説
(1)電子メールの誤送信と個人データの漏えい等について
一般論として、電子メールを誤送信してしまった場合の初動対応としては、誤送信先に直ちに連絡を行い、誤送信した電子メールの削除を求めるなどすることが重要である。
特に個情法との関係では、電子メールの誤送信があり、そこに個人データが含まれていた場合1、誤送信した相手方から、メールに含まれる個人データを閲覧せずに削除した旨の申告を受けるなどして、相手方が当該メールを削除するまでの間に当該個人データを閲覧していないことを確認した場合は、そもそも「漏えい」に該当しないと解されている(個情法ガイドライン(通則編)3-5-1-1、個情法QA6-1参照)。したがって、誤送信先に対して直ちに連絡を行い、誤送信した電子メールの削除を求めるなどして漏えいの有無を確認することが重要といえる。
(2)電子メール守秘文言
電子メール守秘文言とは、電子メールの誤送信があった場合に備えて、送信する電子メールに以下のような文言を本文の末尾に追記することである。
この電子メール(添付ファイル等を含む)は、宛先として意図した特定の相手に送信したものであり、秘匿特権の対象になる情報を含んでいます。もし、意図した相手以外の方が受信された場合は、このメールを破棄していただくとともに、このメールについて、一切の開示、複写、配布、その他の利用、又は記載内容に基づくいかなる行動もされないようにお願いします。
契約は原則として当事者間の合意をもって成立するため、電子メールを一方的に送付し、末尾に追記した守秘文言に記載された内容に強制力を持たせることはできない。誤送信先の受信者が、その情報を保有する行為自体に違法性はないため、削除等の強制することはできず、任意の協力が得られない限り、誤送信した電子メールを削除することは困難である。ただし、誤送信された情報が営業秘密等に該当する情報であることを認識した場合には、後述するように信義則上の義務が生じると解する余地があるため、その限りにおいて有効であると考えられる。
(3)営業秘密侵害
営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された者が、不正の利益を得る目的又は損害を加える目的で、営業秘密を使用する又は第三者に開示する行為は、不正競争行為となる(不正競争防止法第2条第1項第7号)。ここで、「営業秘密を示された」とは、「その営業秘密を不正取得以外の態様で営業秘密保有者から取得する場合」をいうと解されており2、「具体的には、営業秘密保有者から営業秘密を口頭で開示された場合や手交された場合、営業秘密へのアクセス権限を与えられた場合、営業秘密を職務上使用している場合などをいう」とされている3。
「営業秘密を示された」ことについて、上記具体例のほか広く解することにより、誤送信によって保有者から営業秘密の開示を受けた場合も「営業秘密を示された」にあたるとする余地はあると考えられるが、一方で、偶発的かつ一方的に誤送信メールを送信されたことにより、はじめて営業秘密であることを認識した者に対して営業秘密に関連する規律を課すことの妥当性も考慮する必要がある。
したがって、誤送信電子メールの受信者が、当該メールに送信者の営業秘密が含まれていることを認識した上で、当該営業秘密を自ら使用し若しくは第三者に開示した場合又はそのおそれがある場合に、それを不正競争防止法における営業秘密侵害行為として法的措置をとることができるか否かについては、当該メールを受信した者が「営業秘密を示された者」にあたるかどうかを含め、当該メールの文面や受信者の業務等の各種事情を総合的に考慮した上で個別具体的に判断する必要があるが、当該メールの送信者としては、不正競争防止法に基づき、受信者に対して、差止請求や損害賠償請求等の措置を講じることができる可能性がある。
なお、誤送信電子メールの受信者が不正競争防止法における営業秘密の侵害行為に該当しない場合であっても、当該受信者が誤送信された情報を営業秘密であると認識した場合には、その情報を使用開示して送信者に損害を加えてはならないことについての信義則上の義務が発生すると解する余地がある。この場合、当該受信者が、企業に対して損害が及ぶことを認識しつつ、営業秘密を使用したり、第三者に開示したり、不特定多数の者が閲覧できるようにインターネット上に公開したりすれば、当該受信者に対して不法行為責任を問い得る。
企業としては、営業秘密を誤送信してしまった場合に、受信者に対して当該企業に損害を加えてはならないとする信義則上の義務が発生するように、送信された情報が送信者の営業秘密であると認識できる状態にしておくことが重要であると考えられる。その上で、営業秘密が誤送信された事実が明らかになった段階で、受信者に対して速やかに削除要請をするとともに、当該情報は送信者の営業秘密であるから受信者は当該情報を使用し又は第三者に開示しないように申し入れる必要があろう。
(4)情報記録媒体物の返還請求
誤配送された書類などの情報記録媒体については、送信者にその所有権がある場合には、送信者は受信者に対して、所有権に基づき情報記録媒体の返還を請求する権利を有する。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
- 不正競争防止法第2条第1項第7号
- 民法第709条
- 逐条不正競争防止法94頁以下
4.裁判例
特になし