Q10 個情法の安全管理措置義務とサイバーセキュリティの関係
企業が個人情報を取り扱うに当たって、個情法が要求する安全管理措置を講ずるための具体的な対応はどのようなものか。企業が取り扱う個人情報について、保存・消去、本人からの訂正・消去等請求への対応における注意点は何か。
また、企業におけるサイバーセキュリティ対策と個情法への対応の関係性はどのようなものか。
タグ: 個情法、個人データ、安全管理措置、保有個人データ、ISO/IEC27001、JIS Q 15001、Pマーク
1.概要
個情法上、個人情報取扱事業者は、個人データの安全管理のために「必要かつ適切な」措置を講ずる必要があるところ、当該措置は、個人データの漏えい等(漏えい、滅失、毀損)をした場合に本人が被る権利利益の侵害の大きさを考慮し、事業の規模及び性質、個人データの取扱状況(取り扱う個人データの性質及び量を含む。)、個人データを記録した媒体の性質等に起因するリスクに応じて、必要かつ適切な内容としなければならない。現況調査のためには、データの棚卸とその結果に基づくリスク分析評価が有益である1。
また、個人データの漏えい等を防止するためには、保有する個人データの正確性、最新性を確保しつつ、利用する合理的な必要性が直ちには存在しない個人データを保持せず、なおかつ、利用する必要がなくなった個人データを遅滞なく消去することも重要である。
2.解説
(1)はじめに
企業が個人情報を取り扱うに当たっては、原則として個情法が適用される。そこで、各々の企業は、同法が要求する安全管理措置義務とはどのようなものであるかを把握したうえで具体的な対応を行うことが求められる。
個情法第23条では、安全管理措置として「個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない」と規定しており、同規定は、取り扱う個人情報の内容、規模及び個人情報の取扱い態様に関わらず、個人情報取扱事業者に対して一律に課されるものであることから、実際に個人情報を取り扱う現場における「必要かつ適切」であると言えるための安全管理の水準設定と、具体的な措置内容を精査し、判断することが必要となる。
ここにいう「個人データ」とは、個人情報データベース等2を構成する個人情報のことをいう(個情法第16条第1項、第3項)。例えば、名刺が束のまま未整理の状態(他人には容易に検索できない独自の分類方法により分類された状態を含む)で保管されている場合は、名刺に記載された情報は、個人情報には当たるが個人データには当たらない。一方で、名刺の情報が名刺管理ソフト等で入力・整理されている場合は、特定の個人情報を検索することができるよう体系的に構成されているとして、名刺に記載された情報3は、個人データに該当する4。
以下では、企業が個人データの安全管理措置義務に対応するため、また、対応の実施に際して必要となる内部規程・ガイドライン等の策定、体制整備、技術的対策等の具体的な措置について確認する。また、これらに関連するものとして、個人情報の保存・消去、本人からの訂正・消去等の請求について確認しつつ注意点に触れることとする。
(2)個情法における安全管理措置
個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい等の防止その他の個人データの安全管理のため、必要かつ適切な措置を講じなければならない。個情法ガイドライン(通則編)は、「個人データが漏えい等をした場合に本人が被る権利利益の侵害の大きさを考慮し、事業の規模及び性質、個人データの取扱状況(取り扱う個人データの性質及び量を含む。)、個人データを記録した媒体の性質等に起因するリスクに応じて、必要かつ適切な内容としなければならない。」としており、また、同ガイドラインにある手法例については、必ずしも全てに対応する必要はなく、また、適切な手法はこれらの例示の内容に限られないとしている(同ガイドライン「10(別添)講ずべき安全管理措置の内容」参照)。
同ガイドラインでは、具体的な措置として、①基本方針の策定、②個人データの取扱いに係る規律の整備、③組織的安全管理措置、④人的安全管理措置、⑤物理的安全管理措置、⑥技術的安全管理措置を列挙している。さらに、令和2年の個情法改正を踏まえたガイドラインの改正により、安全管理措置の内容として⑦「外的環境の把握」が追加された。安全管理措置は、組織的に取り組むことが肝要であるところ、具体的な措置を講じる前提として、①基本方針の策定を行うことが重要であり、同ガイドラインでは、「事業者の名称」、「関係法令・ガイドライン等の遵守」、「安全管理措置に関する事項」、「質問及び苦情処理の窓口」等を含めた基本方針を策定することが挙げられている5。②個人データの取扱いに係る規律の整備を行うに当たっては、組織的安全管理措置(③)、人的安全管理措置(④)、物理的安全管理措置(⑤)及び技術的安全管理措置(⑥)の内容を織り込むことが重要である。
③組織的安全管理措置を行うに当たっては、組織体制の整備(責任者の設置及び責任の明確化等)、個人データの取扱いに係る規律に従った運用、個人データの取扱状況を確認するための手段の整備、漏えい等の事案に対応する体制の整備、取扱状況の把握及び安全管理措置の見直しといった措置を講じることが求められる。
④人的安全管理措置を行うに当たっては、従業者に対して適切な教育を行うことが求められる。
⑤物理的安全管理措置としては、個人データを取り扱う区域の管理、機器及び電子媒体等の盗難等の防止、電子媒体等を持ち運ぶ場合の漏えい等の防止、個人データの削除及び機器、電子媒体等の廃棄が求められる。
⑥技術的安全管理措置としては、アクセス制御、アクセス者の識別と認証、外部からの不正アクセス等の防止、情報システムの仕様に伴う漏えい等の防止が求められる。
⑦外的環境の把握としては、外国において個人データを取り扱う場合、当該外国の個人情報保護制度を把握した上で、安全管理措置を講じることが求められる。
具体的な手法の例については、同ガイドラインのほか、個情法QA「1-10 講ずべき安全管理措置の内容」(Q10-1~Q10-25)等を参照されたい6。
(3)保有個人データに関する安全管理措置の公表等
保有個人データとは、個人情報取扱事業者が、開示、内容の訂正、追加又は削除、利用の停止、消去及び第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有する個人データをいい、取り扱う情報がこの保有個人データに該当する場合には、事業者は、本人の求めに応じて遅滞なく回答する場合も含め、一定の事項を本人の知り得る状態に置かなければならない(以下「公表等」という。)。令和2年個情法改正に伴い、どのような安全管理措置が講じられているかについて、本人が把握できるようにする観点から、公表等すべき事項が一部追加され、保有個人データの安全管理のために講じた措置(上記(2)の①~⑦)についても公表等すべきこととなった(個情法第32条1項4号、同法施行令第10条1号。ただし、保有個人データの安全管理のために講じた措置のうち、公表等することにより保有個人データの安全管理に支障を及ぼすおそれがあるものは、同号カッコ書きにより、公表等の対象から除かれている。)。①~⑦の中で、特に⑦の「外的環境の把握」との関係については留意すべきであり、外国において個人データを取り扱う場合、当該外国の名称を明らかにし、当該外国の制度等を把握した上で講じた措置の内容を公表等する必要がある7。
「本人の知り得る状態」とは、本人が知ろうとすれば知ることができる状態に置くことをいい、常にその時点での正確な内容を知り得る状態に置かなければならないと考えられている。そのため、必ずしもウェブサイトへの掲載や事務所等の窓口等へ掲示すること等が継続的に行われることまで必要ではないが、事業の性質及び個人情報の取扱状況に応じ、内容が本人に認識される合理的かつ適切な方法によらなければならない。
上記のとおり、「公表等」は、必ずしもウェブサイトへの掲載を求められるものではないが、実務上は、自社ウェブサイトに設置しているプライバシーポリシーにおいて公表する例が多いため、安全管理措置についてもここで公表することが考えられる。なお、公表等すべき事項の一部をウェブサイトに掲載して公表し、残りの事項は本人の求めに応じて遅滞なく回答する、という対応も可能である。
(4)個人データの保存・消去、本人からの訂正・消去等の請求
個人データの漏えい等を防止するためには、保有する個人データの正確性、最新性を確保しつつ、利用する合理的な必要性が直ちには存在しない個人データを保持しないことが重要である。個情法上も、個人データは、利用目的の達成に必要な範囲内において、個人データを正確かつ最新の内容に保つよう努めなければならず、また、利用する必要がなくなったときは、当該個人データを遅滞なく消去するよう努めなければならないとされており(個情法第22条)、遅滞なく消去することは、個人データの漏えい等を防止する観点からも重要である。
なお、本人は、個人情報取扱事業者に対して、当該本人が識別される「保有個人データ」(個情法第16条第4項))8の開示を請求することができる(同法第33条第1項)。
加えて、保有個人データについては、その内容が事実でない場合、利用目的の達成に必要な範囲内において、本人からの訂正等の請求に応じる義務もある(同法第34条第1項、第2項)。
このほか、本人は、個人情報取扱事業者に対し、個情法に規定された事由(目的外利用、不正取得等)がある場合に、保有個人データの利用停止等又は第三者への提供の停止を請求することができる。令和2年個情法改正により、そのような事由として、保有個人データを利用する必要がなくなった場合、保有個人データに係る報告対象事態(Q7参照)が生じる場合、その他本人の権利又は正当な利益が害されるおそれがある場合が追加されている(個情法第35条第5項)。
(5)サイバーセキュリティ対策との関係
サイバーセキュリティ基本法第2条にいう「サイバーセキュリティ」の定義(Q1参照)には、情報の安全管理のための措置をとり、それが適切に維持管理されていることが含まれており、その点では個情法に基づく個人データの安全管理措置義務と法文上類似する。
ただし、サイバーセキュリティは、個人データに限らず、不正競争防止法(平成5年法律第47号)にいう営業秘密や価値あるデータ(限定提供データ)など、「情報」を全般的に対象とするものである。また、サイバーセキュリティの定義には、情報の安全管理のみならず、情報システム及び情報通信ネットワークの安全性・信頼性も明示的に定義に含んでいる点で、個情法に基づく個人データの安全管理措置義務とは異なるといえる。
なお、企業等におけるサイバーセキュリティ対策の実効性担保のため仕組み9としては、情報セキュリティマネジメントの規格として、ISMS10要求事項を記したISO/IEC27001(JIS Q 27001)を挙げることができる。また、個人情報を対象とする日本産業規格として、JIS Q 15001(個人情報保護マネジメントシステム-要求事項)があり、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)は、当該要求事項に基づく個人情報保護マネジメントシステムを定めていること等を条件としてプライバシーマーク(Pマーク)を付与する制度を運営している。更に、PIA11については、国際標準として、ISO/IEC 29134が、PIAの実施プロセス及びPIA報告書の構成・内容についてのガイドラインを提供しており、これの日本産業規格として、JIS X 9251がある。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
- 個情法
- 個情法ガイドライン(通則編)
- 個情法QA
4.裁判例
特になし