Q70 デジタルデータの証拠利用について
IT関連の損害賠償等に関する民事訴訟において証拠を保全・提出するために留意すべき点にはどのようなものがあるか。
タグ:民事訴訟法、証拠能力、デジタル・フォレンジック
1.概要
民事訴訟法上は、原則としてどのようなものでも証拠とすることができるが、裁判官が書証として証拠調べをするためには、その文書が外観上見読可能なものでなければならない。また、証拠が要証事実を立証するに足る実質的な証拠価値を有すると評価されるためには、その前提として、当該文書が、挙証者が作成者であると主張する者(以下、単に「作成者」という。)の意思に基づいて作成され、他の者により偽造又は改ざんされたものではないことを示す必要がある。
文書ファイルが、プリントアウトするなどして見読可能な状態で証拠として提出される場合、相手方が当該ファイルに収録された情報内容とプリントアウトされた文書の記載内容が異なるなどとして争う場合に備えて、プリントアウトされた文書ともとの文書ファイルの記載内容が合致していること、元の文書ファイルが偽造又は改ざんされたものではないことを証明するため、オリジナルデータのコピーなどを保全しておくことが必要である。
2.解説
(1)問題の所在
IT関連の損害賠償請求訴訟では、事件の性質上、紙媒体の文書や証人など従来型の証拠のほかに、デジタルデータの収録された磁気ディスク等を証拠として提出することが想定される。そのような場合に、従来型の証拠と違ってコピーや改ざんが容易だという特性があり、またデジタルデータそのままでは読む及び見るということができない(見読性がない)。そこで、どうすれば裁判の証拠とできるかが問題となる。
(2)民事訴訟で提出できる証拠について
民事訴訟においては、原則として証拠能力に制限がないとされている。すなわち、原則としてどのようなものであっても証拠とすることができる。したがって、コンピュータに内蔵されたデータであっても、その意味内容を証拠化することは可能である。
しかし、一般的にデジタルデータを文書ないし準文書(民事訴訟法第231条)として証拠化することが可能であるとしても、訴訟上の証拠資料として事実認定の用に供するためには、裁判官がその証拠の内容を理解するに足る見読可能性を備えなければならず、さらに、要証事実を裁判官が認定するに十分な証明力を当該証拠が有することが必要である。デジタルデータの意味内容を証拠資料とする場合は、そのいずれについても注意が必要である。
(3)デジタルデータを取り調べる方法
デジタルデータは、そのままでは見読性がなく、情報内容を証拠資料とするためには、何らかの形で裁判官が認識できるようにしなければならない。いわゆる文書ファイルであれば、デジタル情報として記録されている文書の内容をエディタソフトやワープロソフト、表計算ソフト、プレゼンテーションソフトなど、いわゆるビューア・ソフトにより見読可能にして、モニターやプリンタ等に出力する。裁判官は、デジタルデータの収録された磁気ディスク等の情報記録媒体自体が証拠として提出された場合には、モニターに表示された情報を取り調べることになり、プリントアウトされた紙媒体が証拠として提出された場合には、これを取り調べる。
前者の情報記録媒体自体が証拠として提出された場合、当事者は情報記録媒体を準文書(民事訴訟法第231条参照)として提出することになる。この場合、裁判所や相手方の求めがあるときは、情報内容を説明した書面を提出しなければならない(民事訴訟規則第149条参照)。後者のプリントアウトされた紙媒体が証拠として提出された場合、当事者はプリントアウトされた紙媒体を文書として提出することになり、相手方が情報記録媒体の複製物の交付を求めたときは、複製物を相手方に交付しなければならない(民事訴訟規則第144条参照)。
なお、情報記録媒体の内容が言語により表現されている文書ファイルであれば、これを表示し又はプリントアウトすることにより取り調べることが可能だが、ソフトウェアやメタデータのような場合は、プリントアウト等したとしても、それだけで裁判官が理解できるものとはならない。この場合、証拠を提出する当事者は、証拠説明書を裁判所に提出するとともに、証拠の内容及びその意味を説明した書面、場合によっては陳述書などの書証を提出することが考えられる。
(4)デジタルデータの成立の真正を証明するための留意点
デジタルデータを証拠として提出する場合、当事者は、当該データが作成者の意思に基づき真正に成立したものであることを証明しなければならない。
デジタルデータが、例えば電子商取引でやりとりされたものであれば、電子署名法に基づき電子署名の方法が法定されており、これにより成立の真正を証明することが考えられる(Q43参照)。
しかし、民事訴訟の局面において、提出されるデジタルデータの全てに電子署名が付されていることは少なく、訴訟の相手方が争った場合に、成立の真正を証明する方法が問題となる。
そのような場合に備えて、オリジナルデータのコピーなどを保全しておくことが必要であることはもちろん、当該データの意味内容を証拠資料とするためには、そのデータファイルがいつできたのか、最後に修正を加えられたのがいつかを明らかにするためのタイムスタンプや、修正履歴を記録しておくことが考えられる。
また、上記データが改ざんされていないことを証明し、成立の真正を証明するためには、デジタル・フォレンジック技術1 を活用することも有用である。
(5)参考:民事裁判のIT化について
令和4年5月18日、民事訴訟法等の一部を改正する法律が可決成立した(令和4年法律第48号)。これは、民事訴訟手続を全面的にIT化すること等を内容とするものであり、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会において同年1月28日にとりまとめられた「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する要綱案」(同年2月14日の法制審議会において原案のとおり採択)に基づくものである。
同法には、「電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べ」の規律が含まれており、これが施行されれば、デジタルデータの情報内容を証拠とするための方法として、(3)に記載のほか、インターネットを使用する提出方法が認められることになる。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
- 民事訴訟法第231条
- 民事訴訟規則第144条、第149条
4.裁判例
デジタルデータ又はそれにより作成された紙媒体の証拠調べが問題となった例として、
- 大阪高決昭和53年3月6日高民集31巻1号38頁
- 最判平成19年8月23日判時1985号63頁