関係法令Q&Aハンドブック

Q70 デジタルデータの証拠利用について

IT関連の損害賠償等に関する民事訴訟において証拠を保全・提出するために留意すべき点にはどのようなものがあるか。

タグ:民事訴訟法、証拠能力、デジタル・フォレンジック

1.概要

民事訴訟法上は、原則としてどのようなものでも証拠とすることができるが、裁判官が書証として証拠調べをするためには、その文書が外観上見読可能なものでなければならない。また、証拠が要証事実を立証するに足る実質的な証拠価値を有すると評価されるためには、その前提として、当該文書が、挙証者が作成者であると主張する者(以下、単に「作成者」という。)の意思に基づいて作成され、他の者により偽造又は改ざんされたものではないことを示す必要がある。

文書ファイルが、プリントアウトするなどして見読可能な状態で証拠として提出される場合、相手方が当該ファイルに収録された情報内容とプリントアウトされた文書の記載内容が異なるなどとして争う場合に備えて、プリントアウトされた文書ともとの文書ファイルの記載内容が合致していること、元の文書ファイルが偽造又は改ざんされたものではないことを証明するため、オリジナルデータのコピーなどを保全しておくことが必要である。

2.解説

(1)問題の所在

IT関連の損害賠償請求訴訟では、事件の性質上、紙媒体の文書や証人など従来型の証拠のほかに、デジタルデータの収録された磁気ディスク等を証拠として提出することが想定される。そのような場合に、従来型の証拠と違ってコピーや改ざんが容易だという特性があり、またデジタルデータそのままでは読む及び見るということができない(見読性がない)。そこで、どうすれば裁判の証拠とできるかが問題となる。

(2)民事訴訟で提出できる証拠について

民事訴訟においては、原則として証拠能力に制限がないとされている。すなわち、原則としてどのようなものであっても証拠とすることができる。したがって、コンピュータに内蔵されたデータであっても、その意味内容を証拠化することは可能である。

しかし、一般的にデジタルデータを文書ないし準文書(民事訴訟法第231条)として証拠化することが可能であるとしても、訴訟上の証拠資料として事実認定の用に供するためには、裁判官がその証拠の内容を理解するに足る見読可能性を備えなければならず、さらに、要証事実を裁判官が認定するに十分な証明力を当該証拠が有することが必要である。デジタルデータの意味内容を証拠資料とする場合は、そのいずれについても注意が必要である。

(3)デジタルデータを取り調べる方法

デジタルデータは、そのままでは見読性がなく、情報内容を証拠資料とするためには、何らかの形で裁判官が認識できるようにしなければならない。いわゆる文書ファイルであれば、デジタル情報として記録されている文書の内容をエディタソフトやワープロソフト、表計算ソフト、プレゼンテーションソフトなど、いわゆるビューア・ソフトにより見読可能にして、モニターやプリンタ等に出力する。裁判官は、デジタルデータの収録された磁気ディスク等の情報記録媒体自体が証拠として提出された場合には、モニターに表示された情報を取り調べることになり、プリントアウトされた紙媒体が証拠として提出された場合には、これを取り調べる。

前者の情報記録媒体自体が証拠として提出された場合、当事者は情報記録媒体を準文書(民事訴訟法第231条参照)として提出することになる。この場合、裁判所や相手方の求めがあるときは、情報内容を説明した書面を提出しなければならない(民事訴訟規則第149条参照)。後者のプリントアウトされた紙媒体が証拠として提出された場合、当事者はプリントアウトされた紙媒体を文書として提出することになり、相手方が情報記録媒体の複製物の交付を求めたときは、複製物を相手方に交付しなければならない(民事訴訟規則第144条参照)。

なお、情報記録媒体の内容が言語により表現されている文書ファイルであれば、これを表示し又はプリントアウトすることにより取り調べることが可能だが、ソフトウェアやメタデータのような場合は、プリントアウト等したとしても、それだけで裁判官が理解できるものとはならない。この場合、証拠を提出する当事者は、証拠説明書を裁判所に提出するとともに、証拠の内容及びその意味を説明した書面、場合によっては陳述書などの書証を提出することが考えられる。

(4)デジタルデータの成立の真正を証明するための留意点

デジタルデータを証拠として提出する場合、当事者は、当該データが作成者の意思に基づき真正に成立したものであることを証明しなければならない。

デジタルデータが、例えば電子商取引でやりとりされたものであれば、電子署名法に基づき電子署名の方法が法定されており、これにより成立の真正を証明することが考えられる(Q43参照)。

しかし、民事訴訟の局面において、提出されるデジタルデータの全てに電子署名が付されていることは少なく、訴訟の相手方が争った場合に、成立の真正を証明する方法が問題となる。

そのような場合に備えて、オリジナルデータのコピーなどを保全しておくことが必要であることはもちろん、当該データの意味内容を証拠資料とするためには、そのデータファイルがいつできたのか、最後に修正を加えられたのがいつかを明らかにするためのタイムスタンプや、修正履歴を記録しておくことが考えられる。

また、上記データが改ざんされていないことを証明し、成立の真正を証明するためには、デジタル・フォレンジック技術1 を活用することも有用である。

(5)参考:民事裁判のIT化について

令和4年5月18日、民事訴訟法等の一部を改正する法律が可決成立した(令和4年法律第48号)。これは、民事訴訟手続を全面的にIT化すること等を内容とするものであり、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会において同年1月28日にとりまとめられた「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する要綱案」(同年2月14日の法制審議会において原案のとおり採択)に基づくものである。

同法には、「電磁的記録に記録された情報の内容に係る証拠調べ」の規律が含まれており、これが施行されれば、デジタルデータの情報内容を証拠とするための方法として、(3)に記載のほか、インターネットを使用する提出方法が認められることになる。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 民事訴訟法第231条
  • 民事訴訟規則第144条、第149条

4.裁判例

デジタルデータ又はそれにより作成された紙媒体の証拠調べが問題となった例として、

  • 大阪高決昭和53年3月6日高民集31巻1号38頁
  • 最判平成19年8月23日判時1985号63頁

[1]

安冨潔・上原哲太郎編著、特定非営利活動法人デジタル・フォレンジック研究会著『基礎から学ぶデジタル・フォレンジック』(日科技連、2019年)。デジタル・フォレンジックについては、Q66を参照。

Q71 営業秘密の不正使用行為の立証

被疑侵害者(被告)が特定でき、営業秘密侵害訴訟を提起しようとする場合、原告は、被疑侵害者が営業秘密を使用した事実をどのように立証すればよいのか。特に、技術上の情報の場合はどうか。

タグ:不正競争防止法、民事訴訟法、営業秘密、技術上の秘密、不正使用行為により生じた物、推定規定、営業秘密侵害訴訟

1.概要

技術上の秘密を使用する行為等の推定規定、具体的態様の明示義務、訴訟記録の閲覧等制限の申立て、文書提出命令、文書提出命令制度におけるインカメラ手続、秘密保持命令、尋問の公開停止等を活用した立証活動をすることが考えられる。

2.解説

(1)営業秘密侵害訴訟とは

営業秘密侵害訴訟とは、営業秘密を保有する事業者、すなわち営業秘密保有者(不正競争防止法第2条第1項第7号)が、営業秘密に関する不正競争(同条第1項第4号~第10号)をした、又はしようとすることが疑われる相手方(以下、本項において「被疑侵害者」という。)に対して、不正取得・不正使用・不正開示の差止めを求める訴訟(不正競争防止法第3条)、又は不正取得・不正使用・不正開示により生じた損害の賠償を求める訴訟(不正競争防止法第4条)をいう。本案訴訟のみならず、本案に先んじて、又は本案の訴訟提起と同時に、当該差止めについての仮処分命令を得るべく、又は当該損害賠償請求権を保全すべく、民事保全手続を選択する場合もある(民事保全法第2章第2節第3款「仮処分命令」)。

(2)不正競争の立証について

営業秘密侵害訴訟においては、他の民事訴訟同様、原告となる営業秘密保有者において、被告を特定し、訴訟を提起して、不正競争の各要件に該当する事実を主張・立証する必要がある。

たとえば、不正取得・不正開示の立証に向けて、営業秘密を管理・保管していたサーバへのアクセスログの解析や、営業秘密にアクセスし得る端末のイベントログの解析、営業秘密が保管されている鍵付きキャビネットの鍵の保管状況の調査等を行うことが考えられる。また、不正競争の要件として、主観的要件が要求されている類型(不正競争防止法第2条第1項第5号~第9号)2 については、たとえば、周囲にインタビューをして被疑侵害者の言動に関する証言を集めたり、被疑侵害者のメールのやり取りをフォレンジックによって解析したりする等して、客観的な証拠を集めて被疑侵害者の主観の立証を試みる(デジタル・フォレンジックの詳細については、Q66参照。なお、被疑侵害者が従業員である場合のモニタリングに関する留意点等については、Q27参照。)。

なお、営業秘密侵害訴訟において証拠を提出するときの留意点については、Q70及びQ74を参照されたい。

他方、不正使用については、不正取得・不正開示と異なり、「使用」は相手方の支配領域内で行われることから、営業秘密保有者にとっては、相手方が使用したか否かの証拠を収集し難い類型であるといえる。

(3)不正使用に関する推定規定について

そこで、不正競争防止法の平成27年改正により、営業秘密の不正使用等の推定に関する規定(第5条の2)(以下、本項において「本推定規定」という。)が新しく設けられた。

ア 趣旨

本推定規定は、上記(2)のとおり、不正使用の証拠を収集し難いことに加え、「技術上の営業秘密」を不正に取得した者については、当該営業秘密を使用することが通常であるとの経験則に基づくものである3

イ 内容

営業秘密保有者(原告)が下記前提事実(①~③の3つ全て)の立証に成功した場合、被疑侵害者(被告)による営業秘密の不正使用行為が推定されることによって、立証責任が被告に転換され、被告において当該営業秘密を使用していないことを立証しない限り、不正使用についての責任を負うこととなる。

  1. 対象となる情報が営業秘密保有者(原告)の営業秘密であり、生産方法等の技術上の情報であること
  2. 被疑侵害者(被告)による第2条第1項第4号、第5号又は第8号に該当する不正取得行為があったこと
  3. 被疑侵害者(被告)が営業秘密保有者(原告)の営業秘密を用いて生産することのできる物を生産等していること

これを模式図で表すと、下記図1のとおりである。

図1推定規定の構造4

推定規定の構造
ウ 対象となる営業秘密及び使用行為の内容について

不正競争防止法第5条の2は、「生産方法」について上記①~③を立証すると「生産」行為が推定される旨を規定する。加えて、同条は、「その他政令で定める情報」については「その他技術上の秘密を使用したことが明らかな行為として政令で定める行為」が推定されると規定し、政令に委ねている。

当該政令(不正競争防止法施行令)は、「情報の評価又は分析の方法(生産方法に該当するものを除く。)」について上記①~③を立証すると、「技術上の秘密(情報の評価又は分析の方法(生産方法に該当するものを含む。)に係るものに限る。)を使用して評価し、又は分析する役務の提供」行為が推定されると規定する(同施行令第1条及び第2条5)。

エ 注意点

本推定規定は、全ての営業秘密に関する不正競争の立証に用いることができるものではなく、上記のとおり、不正使用類型のうちの不正競争防止法第2条第4号、第5号及び第8号の3類型に限定されている。

また、「技術上の秘密」であるため、顧客名簿といった営業上の情報については、本推定規定を用いることはできず、技術上の秘密であっても全てが対象とされているものではなく、上記ウのとおり一定の情報に限られる6

(4)具体的態様の明示義務について

ア 内容

不正競争防止法第6条は、被疑侵害者に対して、営業秘密保有者が「侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するとき」は、「自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない」という具体的態様の明示義務を課す。

具体的態様の明示義務は、上記(3)の推定規定が設けられるよりも前の平成15年改正で導入されたものである。

イ 趣旨

第6条の趣旨は、不正競争防止法においても、特許法第104条の2と同様の規定を設けることにより、営業秘密保有者(原告)のみならず、被疑侵害者(被告)にも侵害行為の特定に積極的に関与させ、訴訟審理の促進・争点の明確化を図るためである7

ウ 具体的態様の明示を拒否できる場合

被疑侵害者(被告)としては、侵害行為に関する物又は方法の具体的態様を「明らかにすることができない相当の理由がある」ときは、具体的態様の明示を拒むことができる(第6条但書)。「相当の理由」としては、たとえば、自己の具体的態様の内容に営業秘密が含まれている場合が考えられる8

(5)その他

訴訟記録の閲覧等制限の申立て(民事訴訟法第92条)、文書提出命令制度(不正競争防止法第7条第1項)、文書提出命令制度におけるインカメラ手続(民事訴訟法第223条第6 項、不正競争防止法第7条第2項~第4項)、秘密保持命令(不正競争防止法第10条)、尋問の公開停止(不正競争防止法第13条)等を活用した立証活動をすることが考えられる。

たとえば、文書提出命令制度については、営業秘密侵害訴訟に基づく文書提出命令申立事件(東京地決平成27年7月27日判タ1419号367頁)において、東京地裁が以下のとおり判示し、原告が提出を求めた文書について裁判所に提出すべき旨の命令を決定した事例が参考になる。

不正競争防止法7条1項は、不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟において、裁判所が,当事者の申立てにより,当事者に対し、侵害行為について立証するため必要な書類の提出を命ずることができる旨規定するところ、当事者間の衡平の観点から模索的な文書提出命令の申立ては許されるべきではないことや、当事者が文書提出命令に従わない場合の制裁の存在(民事訴訟法224条)等を考慮すると,そこにおける証拠調べの必要性があるというためには,その前提として、侵害行為があったことについての合理的疑いが一応認められることが必要であると解すべきである。

また、証拠収集手続きの強化を図るべく、平成30年改正不正競争防止法によって文書提出命令制度におけるインカメラ手続が改正された。これにより、従前は書類の提出を拒む正当な理由があるかどうかの判断をするために限られていたインカメラ手続が書類提出の必要性の判断にも利用できるようになり、また、インカメラ手続への専門員の関与も可能となった。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 不正競争防止法第2条第1項第4号~第10号、第2条第6項、第2条第11項、第3条、第4条、第5条の2、第6条、第7条、第10条、第13条
  • 不正競争防止法施行令第1条、第2条
  • 民事訴訟法第92条、第223条第6項

4.裁判例

本文中に記載のとおり


[2]

「不正競争の要件として、主観的要件が要求されている類型(不正競争防止法第2条第1項第5号~第9号)」として、第10号(営業秘密侵害品の譲渡等行為)を除いているのは、同号の「その譲り受けた時に当該物が不正使用行為により生じた物であることを知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がない者に限る。」という要件が、請求原因事実であるのか、それとも抗弁事実であるのかについて判示した裁判例が見当たらないためである。

[3]

「逐条不正競争防止法」175頁

[4]

経産省知的財産政策室「不正競争防止法テキスト」60頁(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/unfaircompetition_textbook.pdf

[5]

上記施行令は、平成30年11月1日から施行された(平成30年9月4日付経産省ニュースリリース「「不正競争防止法第十八条第二項第三号の外国公務員等で政令で定める者を定める政令の一部を改正する政令」が閣議決定されました」(https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12166597/www.meti.go.jp/press/2018/09/20180904001/20180904001.html))。

[6]

ちなみに、大阪地判令和2年10月1日(平成28年(ワ)第4029号)最高裁ウェブサイトは、住宅のリフォームのパッケージ商品に関連する「標準構成明細」という情報及びシステムに関する情報が「技術上の秘密」に該当するか否かが争われ、大阪地裁はいずれも該当性を否定したが、当該裁判例は、損害額の推定規定(不正競争防止法第5条第1項~第3項)に関するものであり、第5条の2の推定規定における「技術上の秘密」とは異なることに留意を要する。

[7]

「逐条不正競争防止法」182頁

[8]

「逐条不正競争防止法」182頁

Q72 営業秘密等の漏えい事実の立証と情報管理体制

情報漏えいが営業秘密侵害や限定提供データ侵害に該当すると裁判で認められるためには、営業秘密や限定提供データを不正に取得されたことや、情報の取得者が当該情報を使用したこと、第三者へ開示したことなどを立証する必要がある。しかし、取得対象が情報という無体物であるがゆえに、その証拠を確保することは容易ではない。そこで、情報漏えいが発生した場合に、事後的に、営業秘密や限定提供データの漏えいの事実を立証することを容易にするために、どのような方法により情報を管理しておくべきか。

タグ:不正競争防止法、営業秘密、限定提供データ

1.概要

まず、情報漏えいの事実を把握するために、営業秘密や限定提供データを物理的・技術的に隔離して管理し、当該情報の複製や外部への持ち出しを、客観的に把握できる手段を確保しておくことが必要である。

また、漏えいした情報が営業秘密や限定提供データであることを立証するために、あらかじめ、営業秘密や限定提供データの要件該当性を立証できる資料を用意しておくことが必要である。

2.解説

(1)総論

営業秘密や限定提供データ(以下「営業秘密等」という。)の情報漏えいに関する証拠を保全することは、情報を漏えいさせた者や漏えいした営業秘密等を使用した第三者に対して民事上の請求をするために必要となる。

(2)情報漏えいの事実立証のための管理体制

まず、情報漏えいの兆候を把握し、漏えいの疑いを速やかに確認できる体制を整備・実施した上で、情報漏えいの事実そのものに関する証拠を確保する必要がある。そのためには、営業秘密等を物理的・技術的に隔離して管理しておき、情報漏えいの事実を把握しやすくしておく必要がある。このような物理的・技術的管理は、下記(3)の営業秘密の秘密管理性(詳細はQ20)の要件、又は限定提供データの限定提供性及び電磁的管理性を満たすためにも必要な措置である。

具体的な管理方法としては、保管場所の隔離・施錠、アクセス権者の制限、電子データの複製の制限、不正アクセスの防御措置、外部ネットワークからの遮断、保管媒体の持出禁止等の営業秘密に関する裁判例において示された管理方法が挙げられる。

また、不正競争防止法によって差止め等の法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策ではなく漏えい防止ないし漏えい時に推奨される(高度なものも含めた)包括的対策を示した経産省の秘密情報保護ハンドブックにおいて掲げられているものが参考となる(秘密情報保護ハンドブックの概要については、Q20も参照)。

例えば、秘密情報保護ハンドブックにおいては、①ルールに基づく適切なアクセス権の付与・管理(社内規程等において、秘密情報の分類ごとに、アクセス権の設定に関するルール(どのような手続きで誰が設定するのかなど)を明確にした上で、当該ルールに基づき、適切にアクセス権の範囲を設定)、②情報システムにおけるアクセス権者のID登録(①で決定されたアクセス権者だけが、利用することが許可された電子データ等にアクセスできるように、あらかじめ、従業員等に対して情報システム上のIDを付与し、そのIDを認証する(IDを使用する者が本人であることを確認する)ためのパスワード等を設定)、③分離保管による秘密情報へのアクセスの制限(秘密情報が記録された書類・ファイルや記録媒体については、保管する書棚や区域(倉庫、部屋など)を分離し、電子データについては格納するサーバやフォルダを分離した上で、アクセス権を有しない者が、その秘密情報を保管する領域にアクセスできないようにする)といった方法が、主として、情報漏えいを防止するための「接近の防御」に資する対策として紹介されており、これら対策を実施することにより、情報漏えいが生じた際の原因の特定が容易になるので、かかる対策は、事後的に情報漏えいの事実を立証するうえでも有用な管理策であると考えられる。

その他、営業秘密の不正取得等を立証するために有効な資料例として以下のものが紹介されている。これらを参考に、平時から、情報漏えい事案発生時に備えた記録を行っておくことが望ましい。

  1. 漏えいが疑われる者の立場(アクセス権の保有者であったか、会議等で資料を配付された者であったか、外部者であるか)に関する社内記録
  2. 漏えいが疑われる者が自社従業員である場合には、どのような秘密保持に係る任務を負っていたかが分かる就業規則、秘密保持誓約書
  3. 漏えいが疑われる者が委託先である場合、委任契約書、秘密保持契約書
  4. 情報持出しの具体的行為態様が分かるアクセスログ、メールログ、入退室記録、複製のログ(なお、従業員に対するモニタリング等に関する留意点等については、Q27参照)
  5. 漏えいが疑われる者の行為目的が窺える他社とのメールや金銭のやりとりに関する書面
  6. 情報漏えいの発覚の経緯を、社内調査等に基づき時系列的にまとめた文書

また、このような予防措置に加え、情報が外部に流出した場合に備え、情報漏えいの兆候を把握できる手段、すなわち秘密情報の複製や外部への持ち出しを、客観的に把握できる手段を確保しておくことが必要である。例えば、管理場所における監視カメラの設置、電子データの複製履歴の保存、電子メールのモニタリングや過去の送受信メールの保存等の情報漏えい時に流通経路を特定することが可能なシステムの設置などを行うことが考えられる。

さらに、秘密情報保護ハンドブックにおいては、①コピー機やプリンタ等における利用者記録・枚数管理機能の導入、②印刷者の氏名等の「透かし」が印字される設定の導入、③秘密情報の保管区域等への入退室の記録・保存とその周知、④不自然なデータアクセス状況の通知(深夜帯や休日に、複数分野の業務にわたる様々なデータにアクセスし、大量のダウンロードがなされているなど、不自然な時間帯・アクセス数・ダウンロード量を検知した場合に上司等に通知)、⑤PCやネットワーク等の情報システムにおけるログの記録・保存とその周知、⑥秘密情報の管理の実施状況や情報漏えい行為の有無等に関する定期・不定期での監査が、「視認性の確保」のうち、「事後的に検知されやすい状況を作り出す対策」として紹介されており、参考になる。

その他、秘密情報保護ハンドブックの第2章及び第3章にも、保有する情報の把握・評価、秘密情報の決定、秘密情報の分類、対策の選択及びそのルール化について紹介されているので参照されたい。

(3)営業秘密や限定提供データの要件該当性立証のための管理体制

あわせて、情報漏えいした情報が営業秘密や限定提供データに該当することに関する証拠を確保する必要がある。この点、前述のとおり、営業秘密等を物理的・技術的に隔離する管理方法は、営業秘密の秘密管理性の要件を満たすためにも必要な措置である。また、限定提供データの限定提供性(たとえば、特定の法人・個人へのアカウントの付与等)及び電磁的管理性(アクセス制限)の要件も、かかる管理方法により確保されることになると考えられる。

その他、秘密情報保護ハンドブックにおいては、営業秘密の要件該当性(特に秘密管理性)の証明に有効な資料例として以下のものを挙げている。これらを参考に、平時から、情報漏えい事案発生時に備えた記録を行っておくことが望ましい。

  1. 情報の管理水準が分かる資料(就業規則、情報管理規程、管理状況に関する社内文書等)
  2. 漏えいが疑われる者と自社との間で交わされた秘密保持誓約書
  3. 情報の取扱いに関する社内研修等の実施状況に関する社内記録
  4. 特定の情報に対するマル秘マークの付記、アクセス制限、施錠等の情報の管理状況に関する社内記録(教育マニュアル等)
  5. 漏えいが疑われる者が、漏えいに係る情報が秘密であることを認識できたことを裏付ける陳述書(社内における実際の管理状況、口頭での情報管理に係る注意喚起の状況、示談文書等)

(4)事後的な立証方法

また、不正アクセスなどに対しては、コンピュータを解析して証拠を収集するデジタル・フォレンジックを行うことにより証拠を確保することも可能である(詳細については、Q66参照)。さらに、情報を漏えいさせている者が特定できている場合には、捜査当局の協力を得て具体的な流出経路を特定して証拠を確保することも考えられる。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 不正競争防止法第2条第6項、第2条第7項、第21条第1項
  • 秘密情報保護ハンドブック
  • 限定提供データ指針

4.裁判例

特になし

Q73 民事訴訟等における情報提供

民事訴訟等において、訴訟の当事者から、自社が保有する情報の提供を求められることはあるか。

タグ:民事訴訟法、特許法、著作権法、不正競争防止法、会社法、弁護士法、弁護士会照会、証拠保全

1.概要

民事訴訟の当事者が相手方や第三者の保有する情報の提供を求める手段としては、文書提出命令、検証物提示命令、証人尋問・本人尋問、訴訟前又は訴訟中の当事者照会、証拠保全、訴えの提起前の証拠収集処分、その他裁判外で弁護士会照会がある。特別法上の提出義務としては、会社法において計算書類等の提出義務が定められ、また特許法や著作権法など知的財産関係法にも書類の提出義務が規定されている。

以上のほか、裁判所を通じて釈明を求める、又は、文書送付嘱託や調査嘱託を求めることも、相手方や第三者が保有する情報の提供を求める手段の一つと位置付けられる。

2.解説

(1)裁判所の命令等による証拠の提出

民事訴訟において、相手方が保有する文書その他の情報媒体は、それを訴訟に提出するかどうかの選択を保有者が持っている。しかし文書提出命令によりその文書等の提出を命じられた場合には、当該文書を提出しなければならない。文書提出義務は、平成 8 年の民事訴訟法改正により一般義務化された。この結果、裁判所は、文書提出命令の申立て(民事訴訟法第221条)がされた場合、証拠とすべき必要性が認められ、同法第220条第4号が掲げる提出義務除外事由に該当しない限り、文書提出命令を発し、当該文書の所持者はその提出義務を負うことになる。文書提出命令の対象には、紙媒体そのもののみならず、録音テープやビデオテープ、デジタルデータの記録された記録媒体なども含まれる。

こうした文書提出義務と類似の規定は、他の法令にもみられる。例えば、知的財産権の侵害訴訟においては、侵害行為を立証するため、又は侵害行為による損害の計算をするため、必要な書類の提出命令が規定されている(特許法第105条、著作権法第114条の3、不正競争防止法第7条等12。また、会社法においては、計算書類等(同法第443条、第619条)、会計帳簿(同法第434条、第616条)、貸借対照表等(同法第498条)、財産目録等(同法第493条、第659条)の提出命令が規定されている。当事者が文書提出命令に従わない場合、裁判所は、相手方の当該文書の記載に関する主張を真実と認めることができ、また、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難な場合には、その文書によって証明しようとした事実に関する主張を真実と認めることができる(民事訴訟法第224条)。また、訴訟の当事者ではない第三者が文書提出命令に従わない場合には、過料の制裁を課されることがある。文書の内容ではなく物の形状や性質などを証拠資料とする検証についても、文書と同様に検証物提示命令の規定(同法第232条による第223条の準用)がある。なお文書であっても、その形状や改ざんの有無などを明らかにするための証拠調べは検証によることになる。

裁判所は、原則として誰でも証人として尋問することができ、また、当事者本人を尋問することができる。当事者は、自己に協力的な証人や自分自身の尋問を申し出ることも、いわゆる敵性証人の尋問を求める、あるいは、相手方当事者の尋問を申し出ることも可能である。 証人が正当な理由なく出頭せず、又は証言拒絶権や宣誓拒絶事由がないにもかかわらず証言や宣誓を拒んだ場合には、過料や罰金の制裁が課されることがある(同法第192条、第193条、第200条、第201条第5項)。また、宣誓の上で虚偽の事実を述べれば、偽証罪(刑法第169条)の制裁が課されることがある。当事者尋問の場合、偽証罪の適用はないが、正当な理由のない不出頭や陳述拒絶、宣誓拒絶があった場合には、裁判所は、尋問事項に関する相手方当事者の主張を真実と認めることができ(民事訴訟法第208条)、また虚偽の陳述があった場合には過料の制裁を課すことがある(同法第209条)。

(2)その他の場合

上記(1)と異なり、制裁を伴わない制度としては、当事者照会(民事訴訟法第163条)があり、照会を受けた相手方は照会に対して回答する義務があると解されているが、制裁規定を欠くため、ほとんど利用はされていないとの指摘がある。また、裁判長は、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができ(釈明権 同法第149条第1項)、実務上活用されている。当事者が相手方に対して主張や立証を求める場合、裁判長に発問を求めるという形がとられる(同条第3項)。これを実務上は求釈明という。このほか、裁判所は、必要な調査を官庁等の団体に対して嘱託することができ(同法第186条)、また、当事者は、文書の所持者にその文書の送付を嘱託することを裁判所に申し立てることができ(同法第226 条)、これらも実務上活用されている。

(3)訴えの提起前における証拠収集

訴えの提起の前後にかかわらず、証拠調べの対象となる物が滅失するおそれがあるなど、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認められる場合、裁判所は証拠調べをすることができ(証拠保全 民事訴訟法第234条以下)、医療事故紛争における患者側が医療側の保有する医療記録について改ざんのおそれを理由として証拠保全を申し立てることは実務上よくある。また、訴えを提起しようとする者が訴えの被告となるべき者に対し訴えの提起を予告する通知を書面ですることなどを要件として、訴えの提起前における当事者照会及び証拠収集処分(文書送付嘱託等)がある(同法第132条の2)。

(4)弁護士会照会

民事訴訟法上の制度とは別に、民事には限られないが、弁護士会照会(弁護士法第23条の2)が行われている。弁護士会照会により、弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができ、弁護士会は、その申出に基づき、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

本文中に記載したもののほか、

  • 民事訴訟法第132条の3、第132条の4、第190条、第211条、第225、第232条
  • 弁護士法第30条の21
  • 外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法第50条
  • 沖縄の弁護士資格等に対する本邦の弁護士資格等の付与に関する特別措置法第7条
  • 沖縄弁護士に関する政令第10条

4.裁判例

文書提出命令に対する提出拒絶が問題となった事例につき、Q74参照。


[1]

Q74 も参照。

[2]

なお、平成31年特許法改正により導入され、令和2年4月1日に施行された査証制度(裁判所が指定する中立的な技術専門家(査証人)が、被侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に報告書を提出することができる制度)については、Q74(民事訴訟における営業秘密、プライバシー情報の非公開の可否)を参照。

Q74 民事訴訟における営業秘密やプライバシーに関する情報の非公開の可否

民事訴訟において、営業秘密やプライバシーに関する情報を公開しないことができるか。

タグ:民事訴訟法、特許法、不正競争防止法、著作権法、証言拒絶、文書提出命令、インカメラ手続、閲覧等制限、査証制度、財産開示手続

1.概要

証人尋問・当事者尋問には不出頭や証言拒否等に一定の制裁が設けられており、また、文書の所持者は、文書提出命令が発せられた場合には、文書提出義務を負う。そして、民事訴訟手続は公開が原則であり、何人も訴訟記録の閲覧を請求することができる。

しかし、秘密として保護されるべき情報等は、証言義務や文書提出義務等を免れることができる場合があり、訴訟記録中の営業秘密等が記載された部分は閲覧等制限の対象となることがある。加えて、営業秘密の侵害訴訟などにおいては、秘密保持命令制度と当事者尋問等の公開停止の措置が導入されており、裁判の公開と秘密保護との両立が図られている。また令和元年の特許法改正により、新たに創設された証拠収集手続である査証制度においても、秘密保護の仕組みが導入されている。

なお、民事訴訟等を経て具体的な権利関係が一定程度明確となる執行の段階では、裁判所が債務者を呼び出し、宣誓の上で債務者に自己の財産について陳述させる財産開示手続がある。

2.解説

(1)証言や文書提出の拒絶事由等

民事訴訟において、営業秘密若しくはプライバシーに関する情報について証言を求められた場合、又はそのような情報を含む文書の提出を求められた場合、①証言については、民事訴訟法第197条第1項第3号の技術又は職業の秘密に関する事項についての証言拒絶権の要件に該当すれば、証言を拒むことができ、②文書の提出については、同号の職業の秘密に関する民事訴訟法第220条第4号ハの文書提出義務の除外事由1又は同号ニの自己使用文書の提出義務除外事由2に該当すれば、提出を拒むことができる。

上記①に関し、営業秘密やプライバシーに関する情報を「職業の秘密」として保有する場合、職業の秘密に関する証言拒絶については、判例によれば、その事項が公開されると当該職業に深刻な影響を与え、その遂行が困難になるもののうち、保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められ、保護に値する秘密かどうかは、秘密の公表によって生ずる不利益と証言の拒絶によって犠牲になる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せられるとされている。

上記②に関し、自己使用文書として文書提出義務の除外事由に該当する(民事訴訟法第220条第4号二の提出義務除外事由に該当する)ためには、判例によれば、ある文書の作成目的・記載内容・現在の所持者が所持するに至るまでの経緯・その他の事情から判断して、専ら内部の利用に供する目的で作成され、外部に開示されることが予定されておらず、開示によって所持者に看過し難い不利益が生ずるおそれがあり、自己使用文書に該当することを否定すべき特段の事情がないことを要するとされている(最決平成11年11月12日民集53巻8号1787頁等を参照)。

また、営業秘密の不正取得等によって営業上の利益を侵害されたことを訴える訴訟や特許権侵害訴訟や専用実施権侵害訴訟(以下、まとめて「営業秘密侵害訴訟等」という。)などにおいては、侵害行為の立証又は侵害行為による損害額の立証に必要な文書の提出を求めることができるものの、文書の所持者には「正当な理由」による提出拒絶が認められている(不正競争防止法第7条第1項、特許法第105条第1項、著作権法114条の3第1項など)。

(2)インカメラ審理

訴訟当事者に対する営業秘密やプライバシーに関する情報を含む文書について文書提出命令の申立てがなされ、当該訴訟当事者が当該文書の提出を拒む場合は、同報第220条第4号(ただし、同号ホは除く。)に該当するか否かを判断するため、裁判官だけが文書を見るいわゆるインカメラ審理がなされ得る(民事訴訟法第223条第6項)。

これは、民事訴訟法第220条第4号が除外事由を認めて、文書所持者の秘密等を保護しようとするものであることから、秘密等が漏えいすることを防止しつつ、文書の記載内容を裁判所が確認して除外事由の判断を迅速かつ適正に行うことができるようにする手続である3。インカメラ審理においては、裁判所に対象となる文書を提示し裁判所だけに閲読してもらい、当該文書に対する文書提出命令申立ての適否を判断してもらうこととなる。

また、営業秘密侵害訴訟等においては、侵害訴訟におけるインカメラ手続の拡充が図られている(不正競争防止法第7条第2項~第4項、特許法第105条第2項~第4項、著作権法第114条の3第2項~第4項など4

(3)閲覧等制限

閲覧等制限は、訴訟記録中に当事者の私生活上の重大な秘密、当事者が保有する営業秘密等が記載又は記録されている場合に、当該部分の閲覧若しくは謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又はその複製の請求をすることができる者を、訴訟の当事者だけに限ることを認める裁判所の決定をいう(民事訴訟法第92条第1項)。

閲覧等制限の効果は、これを認める裁判所の決定があった場合のほか、閲覧等制限の申立てがあってからその裁判が確定するまでの間においても暫定的に発生する(同条第2項)。

(4)秘密保持命令

営業秘密侵害訴訟等では、秘密保持命令が導入されている(不正競争防止法第10条、特許法第105条の4)。営業秘密侵害訴訟等では、営業秘密に属する事項を主張立証の中で開示せざるを得ないことが多いため、公開を恐れて十分な訴訟活動ができないことのないよう、適正な裁判のために訴訟における営業秘密の保護を図るものである。

具体的には、当事者の申立てにより、訴訟において提出された準備書面や証拠書類に営業秘密が含まれている等の事由について疎明があった場合には、裁判所が、当該準備書面等を訴訟追行以外の目的で使用することや、秘密保持命令を受けた者以外に開示することを禁止する内容の秘密保持命令を発することができ、同命令に違反した場合は刑事罰が科される。

なお、上記(2)のとおり、営業秘密侵害訴訟等では、通常の民事訴訟と異なり、文書提出命令申立手続において行われるインカメラ審理を拡充し、申立人やその代理人の立会いを認めているため(不正競争防止法第7条第3項、特許法第105条第3項)、立ち会った申立人等も秘密保持命令の対象となる5

(5)当事者尋問等の公開停止

営業秘密侵害訴訟等では、当事者尋問等の公開停止があり得る(不正競争防止法第13条など6)。そもそも裁判の公開は憲法上の要請であり、従来は少なくとも訴訟事件について非公開審理を認めることにきわめて慎重であった。しかし、秘密保護やプライバシー保護の要請が強くなり、訴訟記録の閲覧制限だけでは秘密保護が不十分であり、他方で、審理の充実も必要であり、秘密保護のための証言拒絶、文書提出拒絶を一方的に拡張することは適当ではないため、平成16年の改正により、例外的に非公開審理の可能性を認め、裁判の公開と秘密保護とを両立させたものである。

具体的には、営業秘密侵害訴訟等で当事者本人、法定代理人、証人が当事者の保有する営業秘密について尋問を受ける場合に、公開の法廷で陳述することにより当事者の事業活動に著しい支障を生ずることが明らかな営業秘密が含まれているために営業上の利益の侵害の有無についての判断の基礎となる事項について十分な陳述ができず、かつ他の証拠のみによっては当該侵害の有無について適正な裁判ができないと認められるときに、裁判官全員一致の決定によって、尋問が非公開となる。

(6)査証制度

令和元年の特許法改正により、特許権の侵害に係る訴訟における当事者の証拠収集手続を強化するため、新たに第105条の2等が新設され、特許権の侵害の可能性がある場合、裁判所が指定する中立的な技術専門家(査証人)が、被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に報告書を提出することができる制度(査証制度)が設けられた。査証命令の発令要件は、侵害行為の立証への必要性、特許権侵害の蓋然性、他の手段では証拠が十分に集まらないという補充性、及び相手方の負担が不相当なものにならないという相当性である。このような新たな証拠収集制度においては、査証人の選定に係る忌避申立て、報告書中の秘密情報の黒塗り、及び査証人の秘密漏えいに対する刑事罰を設けることによって秘密保護の仕組みが導入されている。

(7)訴訟当事者ではない場合

訴訟の当事者ではない第三者に対しても、文書提出命令の発令がなされることがある。この場合、手続保障のため、裁判所が口頭又は書面による審尋を行うため(民事訴訟法第223条第2項)、当該第三者(被申立人)としては、申立ての対象となった文書に秘密情報やプライバシーに関する情報が記載されている旨を主張することができる。

また、文書送付嘱託の決定(民事訴訟法第226条)により、所持する文書の送付を嘱託されることがあるが、文書を所持する企業は正当な理由がある場合は、嘱託を拒絶することを妨げないため、当該文書に秘密情報やプライバシーに関する情報が記載されているときは、提出しないことができる。

(8)参考:財産開示手続及び第三者からの情報取得手続

民事裁判手続におけるプライバシー情報という観点では、令和元年の民事執行法改正により、(i)債務者の財産開示手続の改正、(ii)第三者からの債務者財産に関する情報取得制度の創設等が行われた。

(i)について、改正前は仮執行付宣言付判決等に基づく財産開示手続の利用ができなかったところ、法改正により、金銭債権についての強制執行の申立てをするのに必要な債務名義に基づく財産開示手続の申立てが可能となった(民事執行法第197条第1項)。

(ii)について、執行裁判所が、債務名義を有する債権者からの申立てにより、①登記所に対して債務者が所有権の登記名義人である土地又は建物等に関する情報の提供をすべき旨を、②市町村や日本年金機構等に対して給与や賞与に係る債権への強制執行をするのに必要となる情報の提供をすべき旨を、③銀行等に対して預貯金債権に対する強制執行をするのに必要となる情報の提供をすべき旨を、それぞれ命じることができること等が新たに規定された(民事執行法第205条~207条)。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 民事訴訟法第92条、第197条、第220条、第223条第1項・第6項、第226条など
  • 不正競争防止法第7条、特に同条第3項、第10条~第13条
  • 特許法第105条、特に同条第3項、第105条の2~第105条の2の10、第105条の4~第105条の7、第200条の2(ただし、査証制度施行後の条文番号)
  • 著作権法第114条の3
  • 民事執行法第197条~第199条、第205条~207条、第213条

4.裁判例

  • 最決平成11年11月12日民集53巻8号1787頁
  • 最決平成12年3月10日民集54巻3号1073頁
  • 最決平成13年12月7日民集55巻7号1411頁
  • 最決平成16年11月26日民集58巻8号2393頁
  • 最決平成18年2月17日民集60巻2号496頁
  • 最決平成18年10月3日民集60巻8号2647頁
  • 最決平成19年8月23日判時1985号63頁・判タ1252号163頁
  • 最決平成19年11月30日民集61巻8号3186頁
  • 最決平成19年12月11日民集61巻9号3364頁
  • 最決平成20年11月25日民集62巻10号2507頁
  • 最決平成21年1月27日民集63巻1号271頁
  • 最決平成31年1月22日民集73巻1号39頁

[1]

民事訴訟法第220条第4号は文書提出義務を一般義務化し、提出義務が認められるか否かは、同号イ~ホに規定される除外事由の有無によって決せられる。

同号ハは、「第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」と規定する。なお、同法第197条第1項第2号は、「医師、歯科医師(中略)の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合」と規定し、同項第3号は、「技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合」と規定する。

[2]

民事訴訟法第220条第4号ニは、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)」と規定する。

[3]

菊井維大=村松俊夫原著「コンメンタール民事訴訟法4[第2版]」493・494頁(日本評論社)

[4]

従来は、いずれの法律においても、書類の提出を拒むための「正当な理由」の判断のためにのみインカメラ審理が認められていたが、平成30年の不正競争防止法及び特許法の改正により、これらの法律については、そもそも「必要な書類」といえるかどうかについてもインカメラ審理が認められることとなった。なお、著作権法においては、「正当な理由」の有無についてのみインカメラ審理が認められている(著作権法114条の3第2項)が、この点については、文化審議会著作権分科会「文化審議会著作権分科会報告書」(平成31年2月)98頁・99頁において、特許法等と同様の改正を行うことが適当である旨の報告がなされており、今後特許法等と同様の法改正が行われる見込みである。

[5]

なお、秘密保持命令は、不正競争防止法及び特許法のほか、著作権法、商標法、意匠法、実用新案法及び種苗法においても規定されている。

[6]

なお、当事者尋問等の公開停止は、不正競争防止法のほか、特許法、実用新案法及び種苗法においても規定されている。

Q75 自社に不利な証拠となり得る社内文書の破棄について

自社に不利な証拠となり得る情報が記載された社内文書を破棄した場合、破棄したことで訴訟上の不都合を招くことはあるか。

タグ:民事訴訟法、文書提出命令、証明妨害、e-Discovery

1.概要

文書提出命令の対象となる文書を破棄すれば、裁判所がその文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができるという規定があり、提出義務がないとしても、不利な内容の文書が破棄された事実が明るみに出れば、裁判所が不利益に考慮する可能性がある。

2.解説

(1)証明妨害

文書提出命令に従わない場合について、民事訴訟法第224条第1項は「裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる」と定め、文書提出義務を負う文書について、同条第2項は「当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする」と定め、同条第3項ではさらに「相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる」と定めている。

これは講学上「証明妨害」と呼ばれる。民事訴訟法第224条第2項にいう「提出の義務がある文書」とは、同法第220条の提出義務があると定められている文書であって、実際の文書提出命令の有無とは関係がなく、文書の破棄等の行為は、裁判所が提出命令を発する以前に行われても同法第224条第3項に当たると解される。

(2)実務上の取扱い

例えばカルテの改ざんのケースのように、証拠となることが当然予想できる文書や、法令上作成・保管が要求されている文書、事業の性質上、通常あるはずの文書について滅失、毀損、又は改ざんを施せば、裁判所が不利益に考慮する可能性があるため、証明妨害とならないように不用意に文書を破棄することは避けるべきである。

裁判例に現れた例では、当事者が文書を破棄したことを理由に当該文書の記載に係る相手方の主張や当事者尋問における供述を真実と認めた事例として、本庄簡判平成19年6月14日判タ1254号199頁及び東京地判平成6年3月30日タ878号253頁がある。また、破棄の事例に限らなければ、裁判所の文書提出命令に従わなかったとして当該文書の記載に係る相手方の主張を真実と認めた事例は複数あり、特許権侵害訴訟において民事訴訟法第224条第3項を適用して、被告による侵害物件の販売台数に係る原告の主張を真実と認めた知財高判平成21年1月28日判タ1300号287頁がある。

(3)アメリカのe-Discovery対策

なお、この関連でアメリカ連邦民訴規則におけるe-Discoveryのための証拠保存義務も、渉外取引を行う企業にとってはきわめて重要である。本来存在するはずの文書や電子データを破棄したことが明らかになれば、不利な事実認定のほか、懲罰賠償を含む金銭的制裁及び刑事上の司法妨害罪の対象となりかねないため、注意が必要である。

(4)その他

デジタル・フォレンジックによる削除されたメールやファイル等のデータの抽出又は復元については、Q66を参照されたい。

3.参考資料(法令・ガイドラインなど)

  • 民事訴訟法第224条

4.裁判例

本文中に記載したもののほか、

  • 東京地判平成22年2月24日(平成21年(ワ)第12668号)
  • 東京高判平成24年6月4日判タ1386号212頁
  • 東京地判平成27年8月13日(平成25年(ワ)第8002号)