Q52 ソフトウェアのリバースエンジニアリング
マルウェア対策のために当該マルウェアを解析する場合やサイバーセキュリティ対策として不正行為に用いられるソフトウェアの構造等を解析する場合に、当該マルウェアや当該ソフトウェアの複製や一部改変を行うことは、著作権法上、問題ないのか。
マルウェアに感染等したソフトウェア、又はマルウェアの感染等から守られるべきソフトウェアについて、サイバーセキュリティ対策の目的で当該ソフトウェアを解析する際にこれを複製することは、著作権法上、問題ないのか。
タグ: 著作権法、リバースエンジニアリング、マルウェア、柔軟な権利制限、複製権、翻案権、同一性保持権
1.概要
たとえサイバーセキュリティを脅かす不正行為に供されるソフトウェアやマルウェア1であっても、プログラムの著作物として著作権による保護を否定することはできないと考えられる。このようなプログラムの著作物を調査解析目的で利用すること(いわゆるリバースエンジニアリング2)については、平成30年の著作権法改正以前は、一部の権利制限規定に該当しない限り、複製権や翻案権の侵害となる可能性が否定できなかった。
しかし、平成30年に著作権法が改正され、サイバーセキュリティ対策の目的やプログラムの調査解析の目的で行われる当該プログラムの複製や改変等、いわゆるリバースエンジニアリングについては、同法第30条の4に規定される権利制限の対象として、著作権侵害にはならないと考えられる。
2.解説
(1)プログラムの著作物について
マルウェアや不正行為に用いられるソフトウェア(以下「不正目的ソフトウェア」という。)であっても、通常は、著作権法上のプログラムの著作物(著作権法第2条第1項第10号の2、第10条第1項第9号)3に該当するものは多いと考えられる。このため、これらの不正目的ソフトウェアであっても、それを構成するプログラムについては著作権が発生し、著作権法上の保護が及ぶことになる。もちろん、マルウェアに感染等したソフトウェア、又はマルウェアの感染等から守られるべきソフトウェア(以下まとめて「対象ソフトウェア」という。)についても、著作権法上のプログラムの著作物に該当するものは多いと考えられる。
したがって、プログラムの著作物に関するリバースエンジニアリングについては、たとえマルウェア対策等の目的の解析を行う場合であっても、権利者に許諾なく複製や一部を改変する行為が生じている以上は、平成30年の著作権法改正前までは、同改正前著作権法第30条の4や第47条の3等の権利制限規定に該当しない限り、複製権や翻案権の侵害となる可能性を否定できなかった。
(2)著作権法第30条の4について
社会におけるデジタル化・ネットワーク化の進展等に伴う著作物の利用環境の変化等に対応するべく、著作物等の公正な利用を図るとともに著作権等の適切な保護に資するため、平成30年に著作権法が改正4され、改正内容の一つとして、柔軟な権利制限規定が新設された。
このうち、同法第30条の4は、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為については、著作物の表現の価値を享受して自己の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ようとする者からの対価回収の機会を損なうものではなく、著作権法が保護しようとしている著作権者の利益を通常害するものではないと考えられるため、当該行為については原則として権利制限の対象とすることが正当化できる」5ことを趣旨として設けられたものである。
同条は、通常権利者の利益を害しないと考えられる行為類型に該当するものとして、著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合(以下「非享受目的」という。)には、その必要と認められる限度において利用できる旨を規定している。
同条にいう「『享受』とは、一般的には『精神的にすぐれたものや物質上の利益などを、受け入れ味わいたのしむこと』を意味することとされており、ある行為が本条に規定する『著作物に表現された思想又は感情』の『享受』を目的とする行為に該当するか否か」は、「立法趣旨及び『享受』の一般的な語義を踏まえ、著作物等」の利用を通じて、利用による「知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否か6という観点から判断」される7。
同条は、このような非享受目的の著作物利用を柱書において権利制限の対象8としつつ、同条各号において非享受目的として典型的に想定される場合を例示列挙している。
(3)プログラムの著作物の享受について
プログラムの著作物は、「表現と機能の複合的性格を有して」いることから、「プログラムの著作物に『表現された思想又は感情』とは、当該プログラムの機能を意味すると考えられるところ、その『表現された思想又は感情』の『享受』に該当するか否かは、当該プログラムを実行等することを通じて、その機能に関する効用を得ることに向けられた行為であるかという観点から判断されるものと考えられる。プログラムの著作物について対価回収の機会が保障されるべき利用は、プログラムの実行等を通じて、プログラムの機能に関する効用を得ることに向けられた利用行為であると考えられる9」としている。
したがって、プログラムの著作物に関しては、当該プログラムの実行等を通じて、プログラムの機能に関する効用を得ることを目的としていない場合は、非享受目的として著作権法第30条の4を適用することが同条の趣旨に合致すると考えられる。
(4)リバースエンジニアリングについて10
マルウェア対策やサイバーセキュリティ対策の目的で、いわゆるリバースエンジニアリングの一環として不正目的ソフトウェア又は対象ソフトウェアを解析に伴い複製する場合や、構造等を複製、改変して解析する場合、このような目的での利用は、不正目的ソフトウェア又は対象ソフトウェアの実行等を通じて、その機能を享受することに向けられた利用行為ではないと評価できる、すなわち、非享受目的による利用行為であるといえるため、著作権法第30条の4の規定に基づき、必要と認められる限度において方法を問わず不正目的ソフトウェア又は対象ソフトウェアを構成するプログラムの著作物を利用できることとなり、この場合には、著作権侵害の問題は生じないことになる。
その他具体的な利用方法として、以下のような行為が、非享受目的に該当すると考えられている11。
- プログラムのオブジェクトコードをソースコードに変換するだけでなく、それをまたオブジェクトコードに変換し直す場合
- プログラムの解析を困難にする機能が組み込まれているマルウェアプログラムの当該機能部分を除去する場合
- プログラムの解析の訓練・研修のために調査解析を行う場合
- プログラムを実行しつつ調査解析する場合や調査解析中の当該プログラムがアセンブリ言語に変換された画面を資料化(紙媒体への印刷、PDF化)する場合であって、そのプログラムの実行や資料化がその機能を享受することに向けられていない場合
実務的には、上記の行為がプログラムの機能の享受に向けられたことでないことを担保し、立証できるようにしておくことが望ましく、具体的な方策として、「例えば、調査解析専用のパソコンを用意してそれで実行したり、調査解析の過程や結果をレポートに記録したりする」12といったことが挙げられている。
(5)利用規約とリバースエンジニアリングの関係について13
通常、ソフトウェアを利用する場合には、利用規約等においてディスアセンブル、デバッグ、リバースエンジニアリング等の解析行為を禁止する条項が規定されているが、以下のように、このような条項は、独占禁止法上の違法性が私法上の効力に影響を与える可能性がある。また、著作権法上権利制限規定がある部分について利用制限を課す契約条項の効力については様々な考え方があり得るため留意が必要である。
ア 独占禁止法上違法となる契約条項
独占禁止法上違法となる契約条項については、民法第90条(公序良俗違反)に基づき、私法上の効力も無効となる場合があり、リバースエンジニアリングを禁止する条項は、市場における公正な競争を阻害するおそれがある場合においては、無効となる可能性がある14。
イ 権利制限規定がある部分について利用制限を課すライセンス契約の条項
著作権法で保護されている著作物であっても、同法の規定により著作権が制限されている部分(著作権法第30条から第49条まで)が存在する。この部分は著作権法によって著作権者の許諾なく著作物の利用が認められている部分である。この著作権が制限されている部分について利用制限を課す契約条項の効力については、有効・無効様々な考え方があり得るため、留意する必要がある15。
3.参考資料(法令・ガイドラインなど)
- 著作権法第2条第1項第10号の2、第10条第1項第9号、第30条の4
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文化庁著作権課「著作権法の一部を改正する法律(平成30年改正)について(解説)」
http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/pdf/r1406693_11.pdf -
文化庁著作権課「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方(著作権法第30条の4、第47条の4及び第47条の5関係)」
http://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/h30_hokaisei/pdf/r1406693_17.pdf - 電子商取引準則253頁以下
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ソフトウェアと独占禁止法に関する研究会「ソフトウェアライセンス契約等に関する独占禁止法上の考え方」(平成14年3月)
http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/247419/www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/020320.pdf
4.裁判例
本文中に記載のとおり