高専におけるサイバーセキュリティ人材の育成
木更津工業高等専門学校 教授
米村 恵一
1. 高専サイバーセキュリティ教育推進センター(K-SEC)について教えてください
高専では、2016年から産学が連携し、実践的なサイバーセキュリティ教育を早期から行ってきました。
高専サイバーセキュリティ教育推進センター(K-SEC:KOSEN
Security Educational Center)では、これまで高専が取り組んできたサイバーセキュリティ教育をさらに高度化し、次の取り組みを中心に活動しています。
- サイバーセキュリティ人材育成のためのエコシステムの構築:教育機関・企業・地域が継続的に協力しあう仕組みづくり
- 産学連携による高度なサイバーセキュリティ教育と「プラス・セキュリティ教育」の実践:プラス・セキュリティ教育:情報技術(IT)分野以外の学生にも、セキュリティの基礎知識を身につけてもらう教育
- 地域 SECUNITY(セキュリティ・コミュニティ)の推進:地域に根ざしたセキュリティに関するコミュニティ活動
これらの取り組みを通じて、サイバー空間と現実のフィジカル空間が融合するこれからの社会に求められる人材の育成に貢献していきます。
高専サイバーセキュリティ教育推進センター(K-SEC)運営イメージ
2. 木更津高専のサイバーセキュリティ人材育成について教えてください
2015年から続けてきた地道な取り組みが評価され、2024年度に木更津高専は「令和6年度 大学・高専機能強化支援事業(令和6年度選定分 | 助成事業 |
独立行政法人 大学改革支援・学位授与機構)」に採択されました。
本校には、機械工学科、電気電子工学科、電子制御工学科、情報工学科、環境都市工学科の5つの学科がありますが、令和8年度に入学する学生から、本事業で新たに開設されるコースを受講できるようになります。
機械工学科、電気電子工学科、電子制御工学科、環境都市工学科の4学科には 「プラスセキュリティコース」
が拡充され、各専門分野の学びに加えて、その基盤となる情報セキュリティの知識と技術を身につけられるようになります。これは、IT分野以外の学生も、安全なものづくり・社会インフラづくりに必要なセキュリティの視点を持つための教育です。
また、情報工学科では 「セキュリティ情報コース」
が設置され、これまで以上に高度なサイバーセキュリティ技術を身につけられるカリキュラムが整備されています。サイバー攻撃への対策方法や安全なシステム設計など、より実践的な技術を習得できます。
木更津高専における学修者と社会の期待に応えるサイバーセキュリティ教育推進基盤強化事業
(https://www.niad.ac.jp/media-download/7686/f2c4be74eb377951/ )
木更津高専は、全国の高専におけるセキュリティ教育をリードする役割を担っています。その取り組みの一つとして、全国の高専生が科目を相互に受講できる「全国高専単位互換制度」を活用し、木更津高専で全学科・全学年向けに開講している
「情報セキュリティ演習」 と 「情報セキュリティ演習 II」 を、全国の高専にも提供しています。
「情報セキュリティ演習」は、サイバーセキュリティの入門編にあたる演習科目です。特に、実際に手を動かして学ぶことを重視する高専生にとって、最適な入門教材であると自負しております。授業内容は、Webアプリケーション(インターネット上で動作するサービス)への攻撃と防御を実際に体験しながら学ぶ構成になっており、世界中で日々行われているサイバー攻防の一端に触れることができます。
Webアプリケーションの脆弱性に関する攻撃演習
「情報セキュリティ演習 II」(【木更津高専】情報セキュリティ大学院大学・香川大学創造工学部の教員らによる授業「情報セキュリティ演習Ⅱ」を開講 |
独立行政法人国立高等専門学校機構のプレスリリース)は、産学の各分野から第一人者を講師としてお招きし、オムニバス形式で授業を行う科目です。情報セキュリティ大学院大学や香川大学創造工学部の教員の方々にもご協力いただき、より専門性の高い内容を学べるようになっています。
この科目では、最新のサイバー攻撃の動向やその対策、セキュリティ研究の最前線など、深い知識と視点に触れることができます。そのため、高専全体のサイバーセキュリティスキルを底上げするうえで、非常に重要な役割を担っています。
香川大学創造工学部 喜田 弘司 教授による対面とオンラインのハイブリッド授業の様子
3. 高専とサイバーセキュリティとの親和性について教えてください
高専に入学してくる学生は、多くが中学生の段階で「技術が好き」「ものづくりが好き」「手を動かして学ぶのが好き」といった自分の特性に気づいています。
サイバーセキュリティは、技術分野の中でもトップレベルの総合力が求められる領域です。幅広い知識と深い理解、そして実践的なスキルが必要となるため、基礎から積み上げる学習には相応の時間がかかります。
そのため、15歳の入学時からサイバーセキュリティの本質に触れることができる高専という教育システムは、サイバーセキュリティとの相性がとても良いといえます。
高専では、いわゆる普通高校で学ぶ内容も学習しつつ、同時に実験・実習を通して技術を「手を動かしながら」学び始めます。一見すると詰め込み教育のように見えるかもしれませんが、実際には技術者としての素養を早い段階から育てる“英才教育システム”でもあります。
その結果、サイバーセキュリティに必要なスキルを早期に習得でき、20歳で社会へ出る頃には、非常に高いレベルに到達していることも珍しくありません。
普通科目に加えて学年が上がるごとに専門科目も増えていく(卒業研究もある)楔形のカリキュラム
そして、こうしたカリキュラム面だけでなく、高専生がサイバーセキュリティと非常に相性が良い理由は、技術への強い興味以上に、その性格特性の純粋さにあります。
高専生は総じて素直で実直、そして何事にも愚直に取り組む純粋な心を持っています。
先日、ICC2025(Cybersecurity Challenge
TOKYO
2025)にて登壇する御機会をいただき、高専におけるサイバーセキュリティ人材育成のお話をさせていただきました。そこで、株式会社BLUE代表取締役の篠田佳奈さんにお声がけいただき、サイバーセキュリティにおける倫理観の育成が、世界的に見ても、現在の大きな課題である旨、ご教授いただきました。
そして、
「高専は(いえ私に対してであったと思います。つまり「あなたは」ですね)この課題にどう取り組んでいますか?」
とお聞きになられまして、その時、私は
「熱意をもって高専生にぶつかり、倫理観を育成しています(育成というのもおこがましい話ですが)」
とご回答差し上げました。
倫理観の大切さは理解していますが、高専生は倫理観がしっかりと育っておりますため、私の中で課題として上ってきておらず、少し意表を突かれた形となり、慌ててご回答差し上げたような形となりました。ご回答は、普段から私が実践している内容です。飾ることもできず素でお答えいたしましたので。
ちなみに、お声がけいただけたのは、次の4.にて登場する越智優真さんが、篠田佳奈さんが運営するGCC(2023 Singapore - Global Cybersecurity
Camp)にて活躍してくれたため、木更津高専というキーワードが記憶に残られていたからですね。高専生の力は素晴らしいです。
登壇後、あらためて「なぜ高専生は倫理観が育ちやすいのか」を整理しました。
高専生は純粋で素直なため、講義の冒頭で行う倫理に関する話をしっかり受け止めてくれます。これは大きな要因ですが、それに加えて、上で述べました 「くさび形のカリキュラム」
が大きく作用しています。
このカリキュラムでは、高校で学ぶ倫理教育や、小中学校で身につけてきた一般的な倫理観に加えて、早い段階から「技術者倫理」について考える機会が組み込まれています。そして彼らの純粋さも相まって、吸収効果は非常に高くなります。このように、内側(性格特性)と外側(教育カリキュラム)の両面から倫理観を養える環境が整っていることこそが、高専生の大きな強みだと再確認しました。
では、この仕組みを高専以外の教育現場への展開(中学校や高校)にも広げられるかというと、簡単ではありません。単に「技術者倫理の講義」を行うだけでは、技術科目との並行学習がないため、理解の深まりが限定的になってしまうからです。そのため、この点については、学校制度そのものを改善するという長期的な視点で取り組む必要があると考えています。
しかし、短期的に実行可能な改善策もあります。それは、すでに全国の高専で行われている活動―つまり、
公開講座・出前授業・小中学生・高校生・一般向けの科学・技術講座、といった地域連携イベントにおいて、技術者倫理の内容もセットで取り扱うことです。
ほんの少し内容を追加するだけで、確実に効果が生まれると考えています。私自身も、毎年複数のサイバーセキュリティ講座(公開講座)を担当していますので、今後はその中で技術者倫理についても、より手厚く取り上げていこうと思います。「千里の道も一歩から」これからも、みなさまと共に学び、より良い教育を実現していきたいと思います。
4. 木更津高専でサイバーセキュリティに触れてもらった学生の声(越智優真さん)
高専に入ってくれて、その中で、同じ志を持つ仲間と切磋琢磨してくれた越智優真さんに生の声を聞きましたので、ご紹介します。越智優真さんは、高専に3年半所属してくれた後、現在、シンガポールのNanyang
Technological Universityに在籍中です。大活躍ですね。
<越智優真さんからいただいた声>
私のサイバーセキュリティへの挑戦は、高専時代に同級生と結成したCTFチームから始まりました。最も印象深い経験は、4年生の時にチーム「m01nm01n(北ドイツの挨拶「Moin
Moin」に由来)」として参加した、フランス開催の国際大会「Midnight Flag
CTF」です。それまでm01nm01nチームとして10以上の大会に出場したものの、すべて予選敗退という悔しい結果が続いていましたが、本大会でついに悲願の決勝進出を果たすことができました。
しかし、フランスでの決勝戦に参加するための渡航費は自力で工面する必要がありました。そこで、木更津高専の教員の助言を受けながら企業各社へ支援を募る交渉を行い、最終的には多くの企業様からの支援をいただくことで、メンバー全員での渡航を実現しました。
初めて海外渡航するメンバーもおり、緊張もありましたが、複数の問題でFirst Bloodを獲得し、学生部門で3位に入賞することができました。
CTFの参加以外にも高専では、高専セキュリティコンテストや船上のサイバー攻撃を題材とした海事サイバーセキュリティセミナーに参加し、ドメインに特化したスキルを磨きました。また、学校外でもCTF大会への継続的な参加や、セキュリティ・キャンプ協議会が主催するイベントに参加することで、より専門的なスキルを上げることができました。
Midnight Flag CTF 2025 6/21フランス
レンヌにて
3位入賞時のチームm01nm01nのみなさん(右から2番目が越智優真さん)
5. コラムを読んでくださった方へのメッセージ
現在、高専は産官学の連携のもと、多くの企業のみなさま、政府機関、自治体、大学との強固な協力体制を築き、サイバーセキュリティ人材の育成を推進しています。今の日本のサイバーセキュリティを高専が支えているといっても、決して過言ではありません。もちろん、これは、ひとえにみなさまからいただいているご支援のおかげです。本当にありがとうございます。
みなさま、ぜひ、高専にお越しください。全国各地にキャンパスがありますので、連携窓口へのご連絡はもちろん、直接お立ち寄りいただき、共に新しい連携の可能性を探っていければと思います。
また、中学生以下のお子さまをお持ちのご家庭のみなさまにおかれましては、ぜひ高専への入学をご検討ください。とても素晴らしいところですよ。
私たちと共に、日本を、そして世界を守る力を手に入れ、世界平和を成就いたしましょうではありませんか。